S2000再考


思えば、S2000と私との出会いは衝撃的であった。

色々な価値観がある中で、まず始めにS2000を語る前に、「車とはいったい何なのであろうか??」
そんなことを考えてみた。
例えば、ある地点からある地点へ。車を単なる「人や荷物を運ぶ道具」、と考えている人には、おそらくこの車には何の価値も無いであろう。
この車は、ただ純粋に走る為、楽しい走りを追求する、ただそれだけのために作られた車である。
オープンツーシータで、3ナンバーのFR。
ミニバンや、RV、ステーションワゴン全盛の時代にあって、敢えてこのようなカリカリのスポーツカーに乗っている事のカッコよさ、そしてS2000の魅力について少し語ってみたい。


それではまず、私とS2000とのファーストコンタクトの話からしてみよう。
それは、ディーラーに置いてあった、初期型のS2000。
前々から気にはなっていたこのマシン。ちょっと頼んで見せてもらったのが全ての始まりであった。
まず、私はボンネットを開いて驚きを隠せなかった。
綺麗にフロントミッドにマウントされたエンジンは、250馬力を搾り出すハイパワーエンジンとは思えないほどコンパクトで、赤ヘッドである事が生まれながらのHONDAタイプRであることを静かに物語っていた。
そして、バッテリーは勿論のこと、ウォッシャー液のタンクまで完全にホイールベース内に収められている。オーバーハングの重量物はもはやラジエターくらいか?
更に、フロントのブレーキキャリパーは、後方に付いており、重心に近づけている。
ボンネットは、アルミ製で非常に軽量である。
次に一旦キャビンを通り越し、トランクを開ける。

ここでまた私は驚きを隠せなかった。
何とテンパータイヤまで、ホイールベース内に収められているでわないか!
更に、工具類は全てトランクの窪みに備えられ、少しでも重心を下げようと言う意気込みが感じられる。そして、工具の中で1番重いパンタジャッキは、1番重心に近いところに置かれていた。そしてリアのブレーキキャリパーはやはり重心に近い前方に。。。

ここまでやるか!! というのが正直な感想だ。
重心を下げる為のあらゆる努力と、重量物を中心に集める為のあらゆる努力の積み重ね。
低重心、低ヨー。車の運動性能を高める為の、アナログ的だが物理的に当たり前の理屈。
これらの地道な努力が、実際の走行性能に恩恵を与えないはずが無い。
S2000の前後重量配分は、FRとして理想的と言われる50:50。ただその中身が他のFR車とは違う。
同じ50:50でも、極限まで重量物を中心に集めたこの車は、コーナリング時の慣性モーメントが非常に小さい。
その動きは、車のそれとは思えないほどシャープで、クイックなステアリングギア比と相まって、まるでカートのようである。
しかも、コーナリングの気持ちよさに大きく影響を与えるヨー軸の位置は、ちょうどドライバーの太もものあたり、シフトノブのあたりにあり、車との一体感を感じながら非常に気持ちよく曲がっていく。ほのかにわき腹に痛みを感じるほど、強烈な横Gと共に。
運転していて気持ちがいい!!

ハンドルに近い位置のシフトノブは、ワイヤーなどを一切介さず、非常にダイレクトで剛性感があり、スコスコと入る。それはまるで、シンクロの手触りを手の平に感じるほどに…。 
また、これほどクイックなシフトは他車には無いだろう。2次減速機構のおかげなのか? 手首の振りっ返しだけでシフトチェンジができる。
開発者の全ての努力がこの手に、この体に、伝わってくる!!

アクセルを踏み込めば、6000回転あたりからエンジン音の変化と共に強烈な加速が始まる。
そう。乗用車のエンジンから、レーシングエンジンへの切り替わりだ。
背中を蹴られるようなターボ車の加速とは違うそれは、NAならではのフワっと浮かび、軽い目眩を誘うような官能的な加速で、4気筒エンジンでは聞いたことが無いような、非日常的なサウンドを奏で、そして非日常の世界へと僕らを誘う。
まるで、天に向かって無限に上がっていくような加速と音と共に、一気に9000回転まで。。。

・・・気持ちがいい。

何もかも忘れてしまうほどに、頭の中が真っ白になるほどに、不条理な世の中も、将来への不安も、まるで他の事なんてどうでもいいような気分になるほどに、、、

・・・気持ちがいい。

頭上高無限大のルーフから手を伸ばし、思わず叫ぶ。
「ファーーーーー」

ひとたびハンドルを切れば、それは素晴らしい回頭性。FRとは思えないトラクション。最高の剛性感。車のそれとは思えない程の、シャープな挙動。
HONDAはいつも期待を裏切らない。
「自分は今、本物のスポーツカーに乗っているんだ。」
心の底からそう思わせてくれる。
自分は今、走る為だけに作られた車を運転している!! そんな贅沢な気分を、味あわせてくれる車があるなんて、僕らは幸せだ。

ステアリング支持剛性を高める為にチルトしないハンドル。シャーシ剛性を高める為、3ナンバーボディーながら軽自動車並に狭いコックピット。グローブボックスも、ドアポケットすら付いていない室内。1DINしか入らないオーディオ。ゴルフバックも入らないトランク。
その全てには意味がある。 全ては走りの為に…
時計すら付いていないのは、なんだか「この車を運転する時に時間なんて気にするのか?? そんなセコイ生き方するなよ。」言われている様な気がする。
始めは好きになれなかったデジタルメーターも、今は亡きアイルトン・セナがF1のメーターとしてリクエストしたと言う、パワーカーブをイメージした日本精機製のメータだと知ると、感慨もひとしおである。

更に、シートに座るとハンドルのアールとメータフードのアールが綺麗に一致している。
ヘッドの高いVTECエンジンは、少し斜めにマウントされ、ロングノーズながら、フェンダーの見切りもいい。
スイッチ類のクリック感も絶妙。

無駄なものは見えない、見たいものはキッチリと見える。
それはまるで、「走る事だけに集中せよ」と言われているかのように。
ただコックピットに座っているだけで、これほど気持ちのいい車は無い。

S2000の場合、 一般に走行性能上、弱点だと言われている部分も、僕には何だか魅力に感じてしまう。
細いと言われている低中速トルクも、高回転の官能的な演出へのプロローグだと思えばいい。
オープンボディーであることも、まるで低重心にするためには、屋根を外す事が必然であったかと思わされる程の超高剛性である。

大量生産、合理主義、環境対策、そんな現代の車作りの中で、全てのパーツを専用設計で作り、純粋に走りを楽しむだけの車があるなんて、何て贅沢な話なのだろう。
もちろん、専用設計ならば何でも素晴らしいわけではない。しかし、S2000は専用設計でなければこの走りは存在しなかったのも事実だ。

ハコ車よりも、フォーミュラカーに近い印象さえ与えるハイXボーンフレームボディ。
市販レシプロエンジンとして常識では考えられない、常用回転数9000回転を許容するエンジン。そのための、ホンダ初のアルミ鍛造ピストン、レーシングエンジン並みのプロフィールを持つカムシャフト、高剛性クランクシャフト、ストレートな吸気ポート、ファンネル型エアクリーナ、純正でのメタル触媒の採用、冷却フィン付きアルミ合金オイルパン。
足は、コンパクトな4輪ダブルウィッシュボーンサスペンション。純正ながら、別タンク式のダンパー。
軽量アルミホイール。高性能キャリパー。スポーツABS。Etc…
そこには、走りに対する一切の妥協が無い。

タイプRでも、GT-Rでも、エボリューションでも、STIスペックCでもないこの車は、S2000以上のグレードも以下のグレードも無い。
まして、オートマミッションのラインアップなんて、有ろうはずもない。
そもそも、タイプR等は、あくまで一般向けのベースの車を「走り」の方向へ振った、メーカーの改造車である。
考えてみれば、カウンタックにも、フェラーリF40にも、F1にも、タイプRもGT-Rも存在しない。
それ自身が、生まれながらの、走る為のサラブレッドなのだから。
S2000はそれらと同じ、国産車では希少な始めから走る為に設計された車なのだ。

フェラーリが、現代の技術の粋を尽くし、一切の妥協無く作った399台限定車を、その記念モデルに創業者の名を取って、「エンツォ・フェラーリ」と名づけたように、私はS2000をこう呼びたい。
S2000は、「本田 宗一郎」である、と。


それではS2000は、速いのか?? 価格が価格だけあって、よく聞かれる問いである。
確かに、走りを楽しむ為に、「速さ」はその要素として必要、そして重要である。
しかし絶対的な速さを求めるのならば、電子制御によるハイテク四駆ターボにはかなわないかもしれない。

例えば、そこに一本の竹があるとしよう。ちょっとこれを切る事を車を走らせる事に例えてみようではないか。
「竹を切る時に、あなたはチェーンソーを使う人ですか?、日本刀を使う人ですか?」
S2000は、そう僕らに少し意地悪に問い掛けているような気がする。
勿論、森林伐採等が目的ならば、チェーンソーを使うのだろう。
誰にでも簡単に切ることができるチェーンソーは、確かに現代的で合理的だ。
部品も、ボルト類は勿論、チェーンも、モーターも、芝刈り機や他の機械と共有の汎用品だらけだ。
しかし、日本刀は純粋に物を「切るため」だけに作られている。名刀ともなれば、その見た目の美しさと共に、アナログな鍛造製法と鍛冶職人の巧みのみで作り出した切れ味。
だがしかし、その本来の切れ味を発揮させるには、使い手の高度な技術が必要だ。
そして何よりも、切る過程の楽しさがチェーンソーとは違う。上手く切れたときの、その喜びと感動。
そして、名刀と刀の達人の組み合わせともなれば、どんなチェーンソーよりも速く、綺麗な断面で竹を切る事ができる。
そう。もう一度言うが、僕らは森林伐採が目的ではないのだから…
その素晴らしき名刀。それが、S2000だ。

だから、車を所有するステータスに浸るだけでなく、ピカピカに磨いて眺めているだけでなく、この車は、それこそ目を三角にしてガンガン乗って欲しい。頭が真っ白になるほどに、汗びっしょりになるほどに、道と 車と格闘して欲しい。
その先で、この車はきっと何かを教えてくれるであろう。そう、運転技術だけでなく、あなたがどんな人なのか、車に対する哲学さえも・・・

時折S2000について、他人から心無い誹謗中傷の言葉を聞くと、一抹の淋しさと共に、優越感に浸ることができる。自分は、この車の思想が理解できる限られた人間なんだ、と。

21世紀となり、多くのスポーツカーがその姿を消して行く中、環境、安全、といった、どんなレースよりも困難なレギュレーションの中で、守りつづけた誇り高きホンダスピリット。
スポーツ走行の心得がある人ならば、価値観を超越した21世紀の孤高の存在。
だから僕は、いつ、どんな人に聞かれても、自信と誇りに満ち溢れて、こう答えられる。
「自分はS2000に乗っているんだ」と。

それにしても、S2000から見る空は、いつもより綺麗だ…。
S2000はいつも僕と一緒にいる。笑顔と共に…。

May, 2006
Writetten by E.T

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