ブレーキはなぜ止まるのか


ブレーキとは、物理的に何かと言うと「運動エネルギーを熱エネルギーに変換する装置」です。
どうやって、熱に変換するかと言うと、「摩擦」を利用して熱に変換している訳です。
知っての通り、ブレーキパッドとブレーキローターの摩擦ですね。(ドラムブレーキ車は、シューとドラムですか。)

さて、車と言うのは非常に重いし、スピードも出ますよね。
その運動エネルギーの全てを熱に変換すると、一体どれくらいの熱が出るのでしょうか?
ちょっと計算してみましょうか。

自動車に必要な物理学より、運動エネルギーは、1/2mv2でしたね。
例えば、1500Kgの車が100Km/hで走っていたとしましょう。これを止めるのにどれくらいの熱が出るのかを計算してみましょう。
ちなみに、時速100Kmは、秒速にすると27.8[m/s]なので、

エネルギーは、
E = 1/2mv2 = 1/2×1500×27.82 = 578703.7[J]
です。

熱なので、分かりやすいように単位をジュールからカロリーに変えてみましょうか。
1カロリーは、4.19ジュールでしたね。
よって、エネルギーは、
578703.7/4.19 = 138115.4[cal]
ってな感じです。

これも、自動車に必要な物理学より、1カロリーは、1ccの水を1度上げることができる熱量でしたね。
じゃあ、普通のペットボトル1.5リットルの水の温度を、どれだけ上げられるか計算してみると、
138115.4[cal] / 1500[cc] = 92.1[℃]
ってなわけです。

つまり、約8℃のペットボトル一杯の水を、100℃にすることが出来る訳です。
つまり冷蔵庫に入ってたペットボトル一本の水を、沸騰させられるということですね。
100Km/hからの停止と言えば、高速道路を走っていて、料金所で止まるといったシチュエーションがそうですね。
その度に、冷えた1.5リッターの水を沸騰させるだけの熱を、ブレーキローターが出している訳です!!びっくりですね。
車の運動エネルギーってのはそれだけ大きいってことです。
また、ブレーキの出す熱量も非常に大きいと言うことが分かりますね。


ちなみに、もしも300Km/hから止まると、15リッターの18℃の水を沸騰させるほどの熱が出ます。
もっと言うと、100リッターの27℃の水を40℃にできます。
分かったかもしれませんが、これは夏の常温の水から、浅目に水を張った風呂を沸かせるだけの熱量ですね。
つまり、例えばR35GT-Rで富士スピードウェイのストレートからブレーキを踏むと、その度に、一発で風呂を沸かせるくらいの熱が出ている訳です!!

こうして見ると、ブレーキからいかにすごい熱が出ているのかが分かると思います。
これを冷やすのは、大変そうですね。
更に、物理的な視点で見ると、車を止めるには、熱変換をし続けなければいけません。
もしも運動エネルギーを熱に変換できなくなれば、車は減速できなくなると言うことです。
それが、いわゆる「ブレーキフェード」と言われるものですね。

よって、良く効くブレーキとは、ローター径がどうだとか、パッドの磨剤がどうだとかいう難しい話は置いておいて、単純に熱変換効率の良いブレーキだと言うことですね。
もう少し正確に言うと、良く効くブレーキとは、短時間に一気にローターの温度を上げられるブレーキと言うことでしょうか。
そして、ローターの温度が上げられなくなった時に、ブレーキが効かなくなる訳です。 熱変換出来ない訳ですから。
自動車に必要な物理学に書いた通り、エネルギーは必ず保存するので、形を変えることは出来ても、消し去ることは出来ません。
よって、熱変換ができなくても効き続ける、魔法のローターやパッドなんて物は、存在しません。


どうですか? 物理的な視点で見ると、とっても簡単ですね。

よって、ブレーキをフェードさせないためには、2つのアプローチがあると思います。

1、ローターなどの、ブレーキ系を冷やす。
2、ローターの温度が上がっても、更にローターの温度を上げ続けられるブレーキシステムを作る。

って感じですかね。

1つ目の方法は、良く見るものですね。
ローターを外部から冷やせれば、またローターに熱を与えて熱交換をすることができます。とてもシンプルな方法ですね。
そのために、ブレーキローターをいかに冷やすかが大事なのですね。
ローターにフィンを付けたり(ベンチレーティッドディスクはそうですね)、外気導入ダクトで冷やしたり、ローター径を大きくして表面積を増やしたり、ホイールを通気性の良いものにしたり、と言った感じです。
中には、水冷式のキャリパーなんてのもありますね。

実際に、これらは非常に効果が有ります。
しかしこれらはみんな、ローターを空気で冷やすものですね。ただ、「ローターを冷やすのは空気だけではない」、と言うことも覚えておくと良いでしょう。 詳しくは、後述します。

さて、2つ目の方法は、ローターの温度を上げ続ける事が出来るようにする、と言う物です。
うーむ。難しそうですねぇ。
でもちょっと考えてみましょう。

例えば、自転車のようにゴムのブレーキパッドが付いていたとしましょう。
当然ローターがある温度まで上がったら、ゴムが熱で溶けちゃいますよね。
まあ、ゴムは極端にしろ、他の磨剤のパッドでも似たような現象は起きると言うことです。
街乗り用や軽めのスポーツパッドが煙を吹いたりなんてのは、良く有りますよね?
よって、高温でもμが落ちずに、温度を上げ続けられる材質のパッドが必要となります。

でも 実は、高温でローターとパッドのμを高くする、いわゆる高温でブレーキを効かせるのは簡単なんです。
その前に、、、ローターは鉄でできていますよね? いわゆる鋳鉄って奴ですか。
勿論、他にもF1等に使われるカーボンローターや、ポルシェが採用しているPCCBなど、色んな磨剤が混ざった物もありますが、殆どの人は鉄のローターの車に乗っていると思うので、まず鉄の話をします。

ちょっと物理と言うより材料の話になってしまいますが、、、
まず、金属と言うのは、同じ材質同士だと高温で焼き付きやすいという性質を持っています。(ちなみに焼き付きとは、金属同士が熱で溶接されたように、固着してしまうことです)
エンジンなんかも、ピストンリングとシリンダーや、メタルベアリングとその接触面などの金属が高速で接触する面は、必ずどちらかが固く、どちらかが柔らかい材質で出来ています。
それは、焼き付きを防ぐための工夫だそうです。ちなみに、耐摩耗性もその方が良いそうです。
(ダイヤモンドを削るには、ダイヤモンドを使うしかないのと似てますね)

もしも焼き付けば、μは無限大ですね。
つまり、ブレーキで高温でμを上げるには、ローターと同じ材質をパッドに使えば良いだけです。要するに、鉄ですね。
仮に、パッドにローターと同じ鋳鉄を使えば、高温でμを非常に高くすることが出来る訳です。
しかし、上記のとおり、同じ材質同士だと高温で焼き付いてしまいます。
まあ、焼きつけばタイヤをロックさせられますけど、固着しちゃったら困りますよねぇ(笑)。

よって、鉄のパッドと言うのは、実はいかにμを上げるかではなく、いかにローターとパッドを滑らせてやるかが重要になってくるんです。
そのために、鉄を多く含んだパッド、いわゆるメタルパッドには、鉄に色々な磨剤を混ぜて焼き付かないように、滑らせている訳です。
まあ、低温で効かせるために低温で効く磨剤を入れる目的もありますが、磨剤を入れる主な目的は、高温域において高すぎるμを滑らせるためです。
よって、逆にμを下げるために、もっと言うとブレーキが効きすぎないようにするために、パッド作りにはノウハウがいるわけなんですね。

一般に、高温向けのパッドほど鉄の含有量が増えていきます。
焼き付く寸前と言うか、焼き付かない程度に高温でμが上がるようにしている訳です。
良く、リリース性が悪いパッドなんて言いますが、あれは高温時にブレーキを離しているのに、メタルパッドがしばらくローターにひっ付いている状態です。 いかにμが高いか、もっと言うと、何となく焼き付くちょっと手前なんて気もしますね。

まあ、そんな訳で、鉄のパッドを使うことでローターの温度を上げ続ける事が出来るんですが、当然無限に上げることはできません。 鉄にも融点があるし、まあ大体1000℃以下が現実的な温度だと言われています。


さて、せっかくなので材料の話はこの位にして、ちょっと物理的な話を。
始めに、ローターを冷やすのは空気だけではないと書きましたよね?
空気以外に何が有るんじゃい?と言われそうですが、それは物ではありません。

実は、物質の冷え方には、2種類の冷え方が有ります。それは、物質に熱が「伝搬」して冷えるのと、「放射」によって冷える冷え方です。 空気で冷やすのは、前者ですね。

後者については、ローター自体が、放射をするのです。
まあ、正確には黒体放射の説明をする必要があり、高校物理から思い切り外れるので詳しくは書きませんが、簡単に言うと温度を持った物質は、温度に応じた電磁波としてエネルギーを放出するのです。

可視光(いわゆる光)も電磁波の一種です。
ローターが赤くなっているのは、それが目に見えている状態ですね。
勿論、赤くならなくても熱を持っていれば電磁波を出しています。

実は、ローターはこの放射でも冷えて行くのです。
放射というのは、もしも空気が無くても熱をエネルギーとして出し続けます。
まあ放射で出す熱というのは、身近な物だと、ハロゲンヒーターや赤外線コタツみたいなものですね。
遠赤外線が、体の中まで暖めるのは、物質(皮膚など)を伝搬して熱が伝わるのとは違うからです。

余談ですが、この放射率の一番優れた物質は黒い色の物質です。つまり、一番自らの力で冷えやすいと言うことですね。
黒い色の物質は光を吸収しやすいけど、放射もしやすいわけです。よって、吸収する太陽の光の量よりも、熱くなって遥かに大きなエネルギーを放出するローターは、黒い物質が適している気がしますね。

なのでローターに求められる素質は、黒くて、硬くて、熱に強くて(融点が高い)、化学変化しなくて、加工できて、、、
そう、それが正にカーボンですね。

カーボンローターが高温で効くのは、「黒いから」と、実はとても簡単な理由だったりします。
つまり、高温での放射能力がずば抜けて優れているのです。よって、空気で冷やさなくても放射で勝手に冷えて行くわけです。
正に、高温でのブレーキには最適な素材ですね。
逆にカーボンの様に色が黒くない鉄のローターは、放射があまり多くないので、空気で冷やす必要があるわけです。
それでも、少しでもカーボンの恩恵にあやかろうと、パッドの磨剤にカーボンを混ぜて、ローターに被膜を作ったりするものもありますね。 カーボンメタルパッドなんてのは、良く聞くと思います。



さて、分かりやすくするために、ちょっと乱暴な説明でしたが、ブレーキの物理的な仕組みが何となく解ったでしょうか??

まあ、ブレーキパッドやローターをプライベータで開発するとかでなければ、そんなに知識はいりませんが、自分の目的に合ったブレーキパッド選びや、フェード対策の冷却などのために、この位は覚えておいてもいい かと思います。


えっと、少し難しい話をしたので(笑)、最後にちょっと実用的なブレーキパッドの裏技でも書いておきます。

知っての通り、パッドには高温向けと低温向けが有りますよね?
しかし、時には高温と低温の両方で効いて欲しい人もいるでしょう。
ブレーキキャリパーは、内側と外側の2枚のパッドで挟んでますよね?
これを、内側と外側で変えるんです。
例えば、内側を高温に強いメタルパッド。外側を低温に強いノンアスベストパッド、などと言った感じです。
そうすれば、全温度である程度は効きます。
まあ、どちらかと言うとココ一発用で、長期間付けておくモノではないと思いますが…。

一応そんな裏技もあると言うことで、参考まで。


ちょっと今回のブレーキの話は、ドライビングに結び付きにくく難しかったかもしれませんが、次回からはより実用的な内容を載せていく予定です。
 

以上

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