吸気慣性効果を応用したドラテク


さて、今回はドラテクに直結すると書いたので、一つだけ慣性効果を考えたドラテクの話をしてみます。

突然ですが、「全開シフト」と言うのを聞いたことがありますか??
聞いた事がない人でも、ランエボ]や、R35GT-Rに導入されているシーケンシャルミッションは知っていると思います。
これらの最新の車は、クラッチペダルがなく、アクセル全開のままのシフトアップを可能とします。
しかしながら、実際にはミッションはオートマではなく、クラッチが付いています。これらの車は、人間の左足の代わりに、電子制御でクラッチを切ったり繋いだりしているわけです。
これが全開シフトの解りやすい例ですね。

実はNAの普通のマニュアル車でも、この全開シフトと言う技があります。
やり方は簡単に言うと、アクセル全開のままクラッチを切り、ギアを変え、クラッチを繋ぐ、というものです。
当然、クラッチペダルを踏めばクラッチが切れるので、一瞬空吹かし状態になります。
そこで、レブリミットギリギリになるように予測して、クラッチを切り、思いっきり回転数がズレている状態で、ガツンと一気にクラッチを繋ぐわけです。
そうすれば、エンジン回転数が一気に落ちて、また加速すると言う技です。

何故この様な事をするかというと、まさにここで書いた吸気慣性効果を利用するためです。
シフトアップ時に、アクセルスロットルを一瞬戻すと、吸気の流速も一瞬落ちますが、スロットルが全開のままだと落ちません。
更にもっと重要なのが、吸気流速が同じままギアが上がると言う事は、高回転の流速のまま、エンジンの回転数が下がると言う事です。

例えば、8000rpmでシフトアップして、6000rpmになったとすると、8000rpmの時と同じ空気量がインマニに慣性効果により6000rpmで入ってくる事になります。
これは、ターボ車のブーストが掛かった状態に近く、実効排気量が上がるはずです。
当然、シフトアップ時のパワーが上がりますね。

しかしながら、個人的にはこの技は全く推奨しません
また、ノーマルの市販車でやると、逆に遅くなる事があると思います。

なぜかと言うと、実効排気量が上がれば実効圧縮比も上がるので、ノッキングしやすくなるからです。
実効圧縮比を上げ過ぎると、スパーク前に発火してしまう「プリイグニション」が起きやすくなります。
また負荷が大きい時に、回転が急に落ちて、燃焼圧が高いと、これまたノッキングの原因となります。
(これは、ピストンを押し下げようとする力が大きいのに、負荷が大きいためそれを妨げる力も大きく、ピストンの縦方向の力の行き場がなくなり、大きな側圧(サイドフォース)が長時間掛かるため。)
これは、5速や6速で、超低速、例えば20Km/hでアクセル全開にするとノッキングするのと同じ理屈です。


ちなみに市販車には、必ずノックセンサーと言うものが付いていて、ノッキングを感知するとコンピューターが空燃比を濃くしたり、点火時期を遅らせたりして補正します。これにより、エンジンがパワーダウンするわけです。
市販車で全開シフトをすると、遅くなる可能性があるのはこのためです。
逆に、チューニングしたコンピューターで、ノックセンサーの信号を無視すれば、補正は入らなく速く走れるかもしれませんが、今度はエンジンが壊れます。
ノックセンサーは、エンジンを壊さないために付いているわけですから。

また、エンジン回転数が余りに急激に変わるのも良くありません。
回転数が急激に変わると、当然ピストンやコンロッドなどの速度が急激に変わるので、エンジンの部品に強烈な加速度が発生している事になります。
回転数を合わせずに、シフトダウンをしてクラッチをガツンと繋いでエンジンブレーキを掛けるのの、逆バージョンですね。
質量が有る物に大きな加速度がかかるので、F=maより、強い力、つまり大きな負荷がピストンやコンロッドなどに発生する事になります。

ちょっくら定量的に行って見ましょうか。
例えば、S2000のエンジンで、全開シフトをして、9000rpmから6000rpmに一気に落ちたとします。
ピストンの重量は490gです。9000rpm時の平均ピストンスピードは、25.2[m/s]。
6000rpm時の平均ピストンスピードは、16.8[m/s]です。
平均スピードを使うのは正確ではありませんが、とりあえずこれで簡単な計算をしてみます。

エンジン回転数が落ちる時間は、クラッチもタイヤも全く滑らなければ、理論的には無限小の時間です。しかし、現実世界では無限小ということはあり得ません。有限の時間がかかっているわけです。
実際には何秒なのかは見当も付きませんが、例えば1/10000秒かかったとしても、ピストンの荷重は、

(25.2-16.8)/0.0001*0.490/9.8=4199.9[Kg]

です。つまり、4トン以上ですね。上死点での荷重が2.38トンだった事を考えても、想像もつかない負荷です。
これだけの荷重が、ピストンピンやコンロッドに掛かる事になります。
ダンパー(バネ)の付いていない、メタルクラッチディスクなんかだと、回転落ちにかかる時間は、もっと短いかもしれません。
これは、エンジンを壊してくれと言っているようなものですね。

ちなみに始めに書いた、R35GT-R等のシーケンシャルミッションは、0.2秒でシフトチェンジができるらしいですが、逆に言えば0.2秒待っているわけです。
何を待っているかと言うと、エンジンの回転数が落ちるのをです。
ここで、アクセル全開なのに何で回転数が落ちるのか?と疑問に思うと思います。
しかしながら、最新の車のコンピューターは賢くできていて、シフトアップ時に勝手に点火時期を遅角するんです。
それで、パワーが落ち、回転数が落ちるわけです。
ここで、何でコンピュータは、電子スロットルを自動的に閉じて回転数を落とすのではなく、点火時期を遅角して回転数を落とすのか?と思った人は鋭いですね。
更に答えがわかった人は、吸気慣性効果をかなり理解できた人ですね。

スロットルを閉じてしまえば、吸気パイプの空気の流量も流速も落ちてしまいますよね。
そうなればそれぞれ、空気の流量低下は吸気ポンピングロス(後述)を増加させ、流速低下は吸気慣性効果を減らします。
しかし、アクセルスロットルが全開のままであれば、どちらのロスも起きません。

これはまさに、完璧なシフトアップです。よって、0.2秒は必要な時間だったわけですね。
夢にまで見た、ターボラグのないターボ車。シフトアップに限って言えば、その答えは、こんな所に有った訳です。
はっきり言って、 こんな物に人間が勝てるわけがありません!!(ターボについては後述)
( ちなみに、レクサスIS-Fは、更に速い0.1秒でシフトアップするそうですが、こっちはミッションがオートマなので、クラッチが常に滑っていると思えば、エンジンがノッキングしないのは わかりますね。)

最近 、スポーツカーについて、思ふ事」 に書いた通り、私がスポーツカーと呼ばれる物に、コンピュータ(電子制御)だけは入れるべきでないと言うのは、こういった理由からです。


そして、 これらの電子制御がついていない、普通のマニュアル車で行う全開シフトと言う技は、例えればシフトアップのたびに、毎回ゼロヨンのスタートをやっているようなものです。
しかも速度が出ているので、クラッチもタイヤも一切滑らないゼロヨンのスタートです。
逆に、滑ってしまえば遅いですからねぇ。これは凄くエンジンに負担が掛かります。

まあ、この技はエンジン壊す覚悟で一発タイムアタック等で使う技のようですね。
また個人的には、そこまでリスクを冒さなくても、殆ど同様の効果が得られる運転方法が有ると思います。
それは、吸気慣性効果を上手く使いつつ、そしてエンジンにダメージを与えないシフトアップです。

それでは、この技術について少し詳しく説明してみましょうか。

まず、効果的に吸気慣性効果を利用するために1番必要な事は、一言で言うと、速くエンジンの回転数が落ちるようにする事です。吸気慣性効果が、低下する間もないほどに、速くです。
クラッチを繋ぐ時に、回転数をキッチリ合わせられれば、どんなに短時間でクラッチを繋いでも、基本的にノッキングも起きないし、エンジンも痛めません。
そのために、1番簡単な方法は、フライホイールを軽くする事です。
また、吸気ポンピングロスを増やす事、そしてある程度滑るクラッチを付ける事も効果的です。
おっと、これは運転技術ではないですね。
もちろん、これらの道具を生かした運転技術が必要です。

まず、フライホイールを軽くして回転落ちを速くする事で、アクセルを戻した時に、吸気慣性効果でスロットル前の圧が高くなっている状態で、すぐにアクセルを開ける事が可能となります。
これは、クラッチが切れている時間(つまり駆動力が切れている時間)と、アクセルスロットルを閉じている時間を短くすることで、圧の高いインマニの大きな吸気慣性効果を得る事を可能とし、また、すぐに加速状態になります。
その他には、アクセルを全閉にせずに、ちょっと開けて流速を保ち、吸気慣性効果を保ちつつ、回転数を一瞬落として合わせる技術もあります。

どちらを使うかは、ギアの離れ具合によります。
例えば、1速と2速は離れている事が多いので、全閉を使わないと待ち時間が大きくなってロスとなるでしょう。3速から4速はクロスしている事が多いので、アクセルをちょっと開けておいても、すぐに回転が落ちてくるので、アクセルチョビット戻しのシフトアップで行けるでしょう。
回転が落ちるのを完全に待ちきらずに、クラッチを少し滑らせるのも、吸気慣性効果とパワーバンドを外さない効果的な方法です。

ちなみに私は、インマニに来るブローバイホースの経路を変更して、アクセル全開時以外の吸気ポンピングロス(後述)を増やす事で、より回転落ちを速めていますが、これは安くて意外と効果的です。

後は、高速シフトアップが出来るように練習する事ですね。
ここは、エンジンのページなので詳しく書きませんが、本当に上手い人のシフトアップは、全開加速でも、CVT車に乗っているようにスムーズな加速を感じます。(シフトチェンジの技術については、また別途書く予定)

このように、軽量フライホイールに交換するのは、高回転での吹け上がりを気持ち良くする事が、メインの目的ではありません。
まあ、ありませんって事は無いですけど(笑)、速さを追求すると、その要素よりも大きな物があると思います。

私は軽量フライホイールにする本来の目的は、エンジンの回転落ちを速くすることで、シフトアップを速くする事を可能とすること。
それにより吸気慣性効果をより多く利用できるので、結果としてエンジンのパワーを多く引き出せる事だと理解しています。
実際に、たまにノーマルのフライホイールの車を運転すると、シフトアップ時に、回転落ちの待ち時間が耐えられません。かなりのタイムロスを感じます。
これは、全くの予想ですが、R35GT-Rやランエボ]のフライホイールは、回転落ちを速くするために、軽めに出来ているのではないかと思います。発進時も、シーケンシャルミッションではエンストしないので、あまり重くする理由は無いですしね。

また、これも推奨はしませんが、アクセル全開での左足ブレーキと言う技も、実は吸気慣性効果を使うための物だと理解しています。
この技は、ターボ車では、タービンを回し続けるという明確でわかりやすい目的がありますが、NAエンジンでも吸気慣性効果を保ちつつブレーキで減速をするという、明確な理由があるわけです。
決して、右足でペダルを踏みかえる時間のロスを無くすためではありません。
エンジンパワーが欲しい時に、すぐに引き出せる様にするためには、いかなる時も、出来る限りスロットルを閉じたくないのです。
ただこのアクセル全開での左足ブレーキは、当然エンジンは回ろうとし、車は止まろうとするのでエンジンに大きな負荷がかかります。やりすぎれば、全開シフトのようにノッキングするでしょう。
これも、ここ一発用で、エンジンが壊れる確率を上げると理解した方が良いでしょう。

長くなりましたが、特にNAエンジンでは吸気慣性効果をいかに効率良く使えるかが、エンジンパワーをどれだけ引き出せるかを決めていると言っても、過言ではないと思います。
(これを理解しているのと、していないのとでは、将来大きな差が出てきます。はっきり言って、理解している人には絶対に勝てません。是非、理解して欲しいと思います。)


さて、いかにエンジンのパワーを引き出すために、吸気慣性効果が重要かわかりましたか??

この辺が、回転数が同じならば、常に同じパワーを出せる電気モーターのエンジンとは1番違う所であり、車のセッティングや、ドライバーの腕の差が出る面白い所です。


余談ですが、ちなみに皆さんは、本当にレスポンスのいい原動機を搭載した乗り物を運転したことがありますか??
実は、多くの人が経験していると思います。
良く、子供の頃に、デパートの屋上や遊園地にゴーカートってありましたよね? 電気モーターで動くあれです。
車のエンジンのフィーリングに慣れてしまった今になって、是非もう一度デパートの屋上に足を運んで乗ってみて下さい(笑)。 
恥ずかしいのを我慢して勇気を出して(笑)。
ゴーカートの何が素晴らしいって、なんと言っても、体感するのにお金が掛かりませんから。

あれが、本当にレスポンスのいい原動機です
電気モーターには、吸気(排気)慣性効果、脈動効果、ポンピングロス、ターボラグ、ノッキングなどの、色んな要素もしがらみも存在しません。
だから、あのようなパワーの出し方ができるんですね。
ターボにしろ、NAにしろ、スポーツカーのエンジンが追い求めるレスポンスや、フィーリングは、究極の所これです。
どんな状況でも、アクセルを踏んだ瞬間に欲しいトルクが瞬時に出る。それが、子供用のゴーカートです。

車を速く走らせるヒントってのは、日常の色んな所に転がっているものですね。それこそ、デパートの屋上にも(笑)。


さて、今回は初めて運転技術(ドラテク)の話をしましたが、少しはためになりましたか??

以上

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