さて、前回はエンジンをブラックボックス(中身は分からない物)として、パワーとトルク、そして、それが与える結果について考えてみました。
次は、少しエンジンの中身について考えてみましょう。
まず今回は、エンジンの特徴や性能を決める上で非常に重要な、ピストンの運動について考えてみます。
きっと、エンジンチューニングや、エンジン選び、そしてドライビングに役立つと思います。
これも読む前には、「自動車に必要な物理学」のページを先に読むことをお勧めします。
ここで書くものは、おそらく内燃機の会社や研究室にでも入れば、教科書の始めにでも出てくるんでしょうが、私には入手するすべが無いので、自力で解いてみました。
と言っても、実は高校数学しか使いませんので、とても簡単です。
身構えずに、読んでみて下さい!
まず、レシプロエンジンのピストンのモデルを作って、動きをちょっと考えてみます。
でわまず、ピストン周りの簡単な図を書いてみます。
ピストンの位置をx、コンロッドの長さをc、クランクシャフトの半径(つまり、ストロークの半分)をrとします。
ピストンのモデルは、こんな感じですかね。
それでは、図よりxを求めると、
となりますね。
これはいいですよね?? ルートの中は、三平方の定理を使ってるだけです。
さて、それでは次にピストンの速度を出してみます。
位置を時間で微分したものが速度でしたね。なので、速度は、
て感じですね。
ここで、θは定数ではなく、時間t で変化しますから、角速度をωとすると、θはωt となりますね。
よって、式は、
ですね。これで、tで微分できますね。
それでは速度を出すために、これを微分してみます。
これを微分するのは面倒くさそうですねー…。でもちょっと頑張ってやってみます。
まあ、詳しくは高校の数学の教科書でも見て下さい。 結構めんどくさいので、途中は省略して答えだけ書きます。
微分すると、
・・・式1
となります。 計算間違いしてなければ…。
(2012.10.19 式1の分母のルートが抜けていたので足しておきました。式1のタイプミスだけなので、以降の計算は合っています。)
更に、この速度vを時間で微分すると、ピストンの加速度になりますね。
よって、加速度aは、
って、更に面倒臭いですねぇ…。
スミマセン。これを微分する根性が有りませんでした…。
2012.10.19
ついでなので微分して解いておきました。
工学系の人は正確に微分せずにフーリエ級数展開をして近似するようですが、一応物理的に正確な解析解も載せておきます。
単位はもちろんMKS系なので、これを9.8で割ってやれば[G]単位になり、それにピストンの重量(Kg単位)を掛ければ[Kgf]単位のピストンの荷重が求まります。
この式をそのまま使えば、数値微分をしなくても簡単に下記のグラフ3が描けます。
微分が得意な人、誰かやってくれませんかねぇ(笑)。
そんなわけで、今回は文明の力、コンピュータを使用して数値微分にしちゃいます。
その前に、せっかく出した式1より、ちょっとグラフでも書いてみましょうか。
ここでは、S2000のエンジン、F20Cをサンプルとして出します。
これは、F20Cのレブリミットである9000回転時の、0度〜360度まで、つまり一回転する間のピストンスピードとクランク回転角のグラフです。
ちなみに、ピストンの平均速度は簡単な計算で求められて、ストロークをmm単位にすると、
ピストンの平均速度=回転数/60×2×ストローク/1000 [m/s]
です。つまり、回転数とストロークだけで決まるって事ですね。
例えば、F20Cが9000rpmで回っている時には、ピストンの平均速度は25.2[m/s]です。
しかしながら、グラフを見ればわかる通り、最大のピストンスピードは25.2[m/s]より遥かに上です。
数値解を見てみると、クランクシャフト回転角が、75.9 度の時と、284.6度の時に、約41.1 [m/s]です!!
重要なのは、この最大ピストンスピードは、回転数とストロークが同じでも、コンロッドの長さにより大きく変化するということです。
実際のコンロッド長は153mmですが、もし100mmにすると、緑の線に。
逆に200mmにすると青の線の様に変化します。(もちろん平均速度は同じ。)
これが、連カン比(λ比とも言う)が大事だという理由の一つでしょう。
当然、最大ピストンスピードが上がれば、油膜を保持するのも難しくなるはずです。
*連カン比はコンロッドの長さと、ストロークの比率の事で、
連カン比=2×コンロッドの長さ/ストローク です。
さて、次に、ピストンの加速度が1番大きくなる所を見てみましょう。
加速度は、速度、つまり上の式を微分したものですが、上記の通り、今回は数値微分にしちゃいます。
(数値微分の意味がわからない人は、意味は理解しなくていいです。そういう解き方があるということです。)
そうすると、以下のようなグラフとなります。
グラフ3 クランク軸回転角と、ピストン荷重の関係。
今回は、わかりやすいように、エンジンを2回転させています。
つまり図の通り、0度〜720度までです。
上の山が、上死点。 下の山が、下死点です。
このグラフから、上死点の方が下死点より荷重が大きい事がわかります。
下死点が平らっぽくなっていますが、これはコンロッドを長くして連カン比を大きくすればするほど、サイン波のように滑らかになります。
ちなみに数値解を見ると、上のグラフの上死点では、ピストンの加速度は約4852[G]です。
このピストンの質量は490[g]なので、実に2377.4[Kgf]もの力がかかっていることが判ります!!
つまり、約2.38トンです!!
これだけの力を、あんなに細いピストンピンや、コンロッド、クランクシャフトは支えているわけですね。
ついでに計算すると、9500回転だと2.65トン、10000回転だと、2.94トンです。
もしもレブを1000回転上げて、10000回転まで回すと、ピストンの最大荷重が、560[Kgf]も大きくなる事になります。うーん、これはキツイ・・・。
いかに、ピストンの軽さが大事かがわかりますね。 また、回転数を上げるのが大変なのも判ります。
ピストンや、コンロッドは、軽さを保ちつつ、燃焼圧に耐えられる強度が必要となりますから。
ただ、例えば今回の例にしたこのエンジンの、最大有効圧力(簡単に言うと、燃焼行程での平均のピストンを押す力)は、NAエンジンのため、1.7[MPa](大体16.8気圧)で、計算するとピストンに与える荷重は1.03トン程度です。
(ちなみにこの数値は、市販のNAエンジンの中では、かなり大きい方です。平均的なNAエンジンは、1.0[MPa]前後みたいです。)
つまり、このエンジンの場合、ピストンの慣性による荷重の方が、燃焼圧よりも倍以上大きい事が分かりますね。
これらをまとめると、回転数を落とさずにピストンの荷重を減らすには、
1、ストロークを短くする
2、コンロッドを長くする
3、ピンストンを軽くする
といった3つのアプローチが有ると思います。
市販バイクのエンジンが、13000回転以上とかまで簡単に回るのは、とにかく、ストロークが短く、ピストンも軽いからでしょう。
これは、排気量が小さいから成せる技です。(更に車体が軽いから、発進時の最大トルクが小さくて良い=ストロークが短くてよい)
また、昔のF1のエンジンが、10気筒の3500ccで2万2000回転以上まで回ったのは、とにかくストロークが短く、ピストンが軽いのだと思います。
更に、コンロッドは長めで、連カン比も大きいのでしょう。
さて、いい加減実践的な話にしろという声が聞こえてきそうなので、次に、NAエンジンをチューニングして、パワーを上げる方法を考えてみましょう。
NAエンジンでは、実効排気量を簡単に上げられるターボエンジンと違い(後で説明予定)、排気量を上げずに、トルクを上げるのは困難です。
よって
NAエンジンでパワーを上げるには、パワーとトルクの式より、回転数を上げるしかありません。
つまりボアもストロークも変更せずに、パワーを上げるには、より高回転まで回す必要があります。
そのためには、吸排気を改良して、ハイカムを入れる、圧縮比を上げる、と言うだけでは、仮に高回転までトルクが落ちなくなっても、エンジンが壊れてしまいます。
おそらく、ピストンピンや、コンロッド、クランクシャフト、そして、それらを支えるメタルベアリング類が、荷重に耐え切れないことが想像できますね。
最悪、上死点でコンロッドがちぎれたり、ピストンピンが折れたり、メタルベアリング類が傷ついたりするでしょう(実際にします)。
上記の計算より、エンジンを壊さないためには、とにかく、ピストンの荷重を減らすことが大事だと思います。(実際には、コンロッドも、クランクシャフトに大きな荷重を生みますが、
コンロッドは動きが非常に複雑なため、今回はカットします。)
そのためには、上記の3つの方法のうち、ピストンの軽量化と、コンロッドを長くすることが効果的でしょう。 ただ、コンロッドを長くするには、ピストンのコンプレッションハイト
(簡単に言うと、ピストンピンの位置から、ピストンのテッペンまでの距離)を変えるなどしないといけないので、ピストンもセットで変更ですね。
もしも、今回のモデルに使用したエンジンの、ピストン(490g)を100g軽くする事ができれば、11335回転!!まで回して、やっとノーマルの9000回転と同じピストン荷重となる計算になります。
たったの100gが、いかに効果的か分かりますね。
その他に、ピストンのサイドフォース(側圧)と言われる、ピストンがシリンダーを横方向に押す力(よく首振りと言われているものの、原因)も非常に重要で、高回転化を妨げるものになるようです。
ちなみにそれも、コンロッドを長くすることで改善されます。
サイドフォースは重要なので、分かりやすいように、ちょっと図を入れて説明してみます。
これは、青い線が長いコンロッドの場合、赤い線が短いコンロッドの場合の、同じクランク回転角度θ の時の図です。
それでは、ピストンを拡大してみると、青い長いコンロッドでは、左の図のように、赤い短いコンロッドでは右の図のようになります。
ピストンは、常にコンロッドから力を受けています。燃焼行程で、ピストンを押し下げる時にも、コンロッドから反作用を受けます(作用、反作用の法則はいいですね?)。
そして、受ける力の大きさは同じですが、方向がコンロッドの角度によって、上の図のように変わります。
ちなみに、図のコンロッドから受ける力は、方向は違いますが同じ大きさです。コンロッドから受ける力はベクトル量(大きさと方向を持つもの)なので、縦方向と横方向に分解できます。
すると、側圧は図のようになり、コンロッドの角度、つまり長さで大きく変わるのが分かると思います。
この、側圧と呼ばれる横に押し付ける力は、何のメリットもなく、ピストン(リング)と、シリンダーの壁のフリクション(摩擦)を大きくするだけです。
これは、オイルの潤滑も難しくするし、抵抗となってパワーを食われるし、シリンダーが磨耗しやすいし、振動が大きくなるし、ろくな事がありません。
もう一度言いますが、赤も青もクランクシャフトの回転角は同じ状態です!
ですから、できる限りコンロッドは長くしたいわけです。これも、ピストンの軽量化同様、高回転化には欠かせないものでしょう。
ちなみに、
もしも無限に長いコンロッドがあれば、レシプロエンジンのピストンの動きは、単振動になります。
式1より判りますね。 Cに無限大を代入してみて下さい。 要するに、サイン波ですね。
まあ、コンロッドは長ければ長いほど、ピストンの最大荷重は減るし、サイドフォースによるフリクションは減るし、高回転化にはいいことだらけですが、実際はコンロッド自身の重さや、強度の問題などが発生するため、限界があるようです。 あと、もちろんエンジン高もあまり高くできませんよね。
良く、同じエンジンブロックで、同じボア径で、ストロークだけ上げて排気量を上げるチューニングエンジンや、純正エンジンがありますが、それらがレブリミットが下がったり、振動が増えたりするのは、とにかくコンロッドが短くなるからです(コンロッドを短くしないと、上死点でブロックからピストンが飛び出ちゃう)。
ストロークが長くなっているのに、コンロッドが短くなるので、余計に連カン比を大きく下げます。そうすれば当然、側圧が増えるし(=首振りも増える)、平均ピストンスピードも、最大ピストンスピードも、ピストン荷重も
、全て増加します。
高回転まで回すと言う意味においては、これらはネガにしかなりません。
その辺も、覚えておくと良いでしょう。
今回は、S2000のエンジンを例にしましたが、他のエンジンでも全く同じです。
ただ、NAエンジンの場合には、ピストン荷重の方が燃焼圧よりも支配的ですが、ターボエンジンの場合には燃焼圧が遥かに強力なため、
荷重よりも燃焼圧の方が支配的になるようです。
ちなみに、ドラッグレースなどに出ている、スカイラインGT-R等のターボエンジンは、燃焼圧力が200気圧で、ピストンに作用する力が10トン以上!にもなる物があるようです。
これは、ピストンの荷重の2.38トンとは桁が違いますね。
これらの、ハイパワーターボエンジンでは、ピストンやコンロッドを軽くするのは難しそうだし、それよりも強度が優先でしょうね。
ターボエンジンとNAエンジンの特性の違いの話は、また改めて詳しく書く予定です。
とりあえず、ピストンの運動と、ピストン速度、ピストン荷重の話は以上にします。
(ここでは高校物理の範囲から出て、工学の世界に入らない(正確には、詳しくないので入れない?)様にしていますので、興味がある人は内燃機の本を読むと良いと思います)
この話は、チューニングだけでなく、ドライビングにも必ず生きてきます。是非理解して欲しいと思います。
どのように生かすかは、また改めてドラテク編に書く予定です。
さて、今回は面白かったですか? ちょっと難しかったですか?(笑)
それでは、とりあえず第二部はこの辺で・・・
続く・・・