吸気慣性(脈動)効果と、排気慣性(脈動)効果と、パワー

(前編)


さて、今回は前回のピストンの運動とは違い、もう少し誰でも実践しやすいものについて説明してみます。

今回のテーマは、吸気慣性(脈動)効果と、排気慣性(脈動)効果。
誰でも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか??

良く、ムキ出しのエアクリーナーを付けたら、逆にパワーが落ちたとか、太いマフラーを付けたら、低回転のトルクが落ちたとか、こんな話は時々聞くと思います。
ただ、どうしてそうなるのでしょうか??

吸気系だと、熱気を吸うからとか、排気系だと、抜けすぎるだとか、まことしやかに言われていますが、何だか抽象的というか、曖昧な表現が多いですねぇ。
しかし、それらの結果には必ず物理的な原因があります。それを理解すれば、そのようなチューニングに失敗する事も無いはずです。
そして、吸気慣性(脈動)効果と、排気慣性(脈動)効果は、今までの理論よりも、速さやドラテクに直結します。
今まで語られていたようで、実は語られていなかった理屈と、それを生かしたテクニック。
それでは、しっかりと物理的に考えて見ましょう。

しかしながら、、、
どんなものでも説明と言うのは、正確さと簡単さは、相反する事が多いですねぇ。
実は、吸気や排気の話は、正確に理解しようとすると結構難しいです。
ここで、脈動効果を扱うか迷ったのですが、トップページに書いた通り、自動車工学の世界に入らない事と、高校数学、物理の範囲から出ないというポリシーを、ここでも守る事にします。
また、理解したところで、運転(ドラテク)にどう生かせるかが、疑問な事も理由の一つです。(開発には、生かせるでしょうが)
ここのページでは、運転する人が読む事を前提としているので、その方針通りに解りやすさを優先します。高校生でも解るように、簡単にする事と、 また、基本的に運転に生かせるようなことを優先します。
よって、今回は慣性効果だけを扱い、脈動効果の説明は省略することにします。

詳しく知りたい人は、その手の本やページは沢山有るので、そちらを見て下さい。
ここでは、どの本や、ページからの引用でもない、私が考えた説明をしてみます。

さて、前置きが長くなりましたが説明を始めましょう。

第二部で書いたように、エンジンの効率を上げる、簡単に言うとパワーを出すの大切な3大要素は、「良い吸気に、良い燃焼に、良い排気」です。
それでは まず、吸気の話から始めてみましょうか。

ターボエンジンはちょっと複雑なので、まずNA(自然吸気)エンジンを例に話をします。

さて、 NAエンジンでは、どうやって空気を吸っているのでしょうか?
これは、いわゆる負圧を利用して吸っている、と言われていますね。
「負」と言うのは、マイナスと言う意味です。つまり、マイナスの圧力ですね。しかし、世の中にマイナスの圧力などは存在しません。最低でも真空で、0気圧ですね。よって、マイナスと言うのは、大気圧である1気圧よりも小さいものを指すと考えて下さい。

さて、それではさっそく空気を吸う方法を考えてみましょう。「自動車に必要な物理学」に書いた通り、空気は圧力の高い方から低い方へ流れる性質を持っています。よってピストンのシリンダーの中に外から空気を吸うには、中を1気圧以下にすればよいだけです。まあ、簡単ですね。注射器で吸う時と同じ原理です。
キッチリ排気した後に、ピストンを押し下げてやれば、シリンダーの中の気圧が低くなるので、吸気バルブを開いておけば、外から自然に空気が入ってきます。まさに自然吸気ですね。
エンジンは こうして、空気を吸っているわけです。

エンジンは、この吸える空気の量でパワーが殆ど決まると言っても良いです。
排気量が大きいエンジンがパワーがあるのは、単に沢山空気を吸えるからです。
いいですよね? 沢山吸えば、シリンダーに沢山の空気が入るので、ピストンを押す燃焼圧力も大きいですからね。
シリンダーをでかくすると言うのは、いちばん簡単な方法です。
まあそんなことは誰でも知ってるので、今回は、エンジンの排気量を同じにして、いかにパワーを出すかを考えてみます。

エンジンは、ピストンが下がる、いわゆる吸気行程にて、シリンダーが負圧になるのを利用して空気を吸って、中に溜めているわけですね。
ただ、この時に吸える空気の量は少なそうですねぇ。バルブが開いている時間なんて高回転では本当に一瞬だし、またどうあがいてもシリンダーの中に1気圧以上の空気を入れる事なんてできそうもないですよね。
そこで、様々な工夫をして、沢山シリンダーに空気を入れるようにしているわけです。
代表的なのが、バルブの大きさや、カムシャフトのプロフィール(作用角とリフト量)などです。
バルブが大きければ、沢山入りそうだし、バルブの数も多い方が入りそうですね。
そして、バルブのリフト量も大きい方が入りそうですね。
まあ、その辺は皆さん良く知ってると思いますので、エンジンの本でも見ていただくとして、今回のテーマは慣性効果ですから早速その話に入ります。


まず始めに、1番認識しておかなければいけないのは、「空気は質量をもった流体だ」と言う事です。

質量があれば、慣性の法則も成り立つし、流体の性質は、粘性を持っていることを意味しますす。
慣性があると言う事は、つまり、空気を動かすためには力がいるし、運動量を保存しようとするから、動いている空気の運動を止めるのにも力がいると言う事です。
そして、粘性を持つと言う事は、ネチッこさを持っているということです。流れるオイルのように、ベトベトドロドロしているわけですね。
これらの性質を上手く利用して、シリンダーの中により多く空気を入れようと考えてみましょう。

まず、慣性の法則です。一度パイプの中を動き出した空気は、外から力を受けない限り、動き続けようとします。
ちょっと脱線しますが、昔「トリビアの泉」っていう番組をやってたの知ってますか??
私はたまたま見ていたのですが、 そこで、「シャボン玉のストローの長さの限界を試す」、みたいな実験をやっていました。
結果は結構長くて、100mを超えてたと思います。
そして、そこで面白い現象が見れました。
100mのように、ストローが長くなると、吹き始めてからシャボン玉が膨らみ始めるまでの時間がドンドン長くなり、もうダメかな?と思った頃に膨らみ始めます。
そしてもっと面白いのが、ストローを吹き終わって口を離しても、しばらくシャボン玉は膨らみ続けるんです!!
これこそが、吸気慣性効果の現象その物です。

この現象を利用して、エンジンのシリンダーの中に、より多くの空気を入れることを考えてみましょう。
例として、メジャーな、4気筒、4サイクルの2000ccのエンジンを考えてみましょう。
このエンジンは、一回転で1000ccの空気を吸うはずですね。
例えば、6000rpmで回っている時には、一秒間に100回転しているので、理論的には
1000cc×100=100000cc の空気を吸っていることになりますね。つまり、一秒間に100リットルですか。
かなりな量ですねぇ。

これだけを吸うには、吸気パイプの中を凄いスピードで空気が流れているはずです。
例えば、S2000等のホンダエンジンを例に取り、吸気パイプの径を60mmとすると、空気は35.37[m/s]ものスピードで流れている事になります。
ちなみに、8000rpmでは、47.17[m/s]となります。これはどんな台風よりも強いですね。
空気は質量がありますから、これだけの速度があれば、大きな慣性が働いているはずですね。
慣性が働くとは、運動量保存則が存在する事を意味します。よって、空気は流れる運動を続けようとします。
この力は、唯一、負圧による力以外の、シリンダーに空気を押し込む力です(※)。
カムシャフトの大きなプロフィールや、オーバーラップ(吸気と排気の両方のカムが開いている状態)が存在するのは、この力を利用するためです。

(※)ラム圧や吸気脈動効果を除く

さて、そして重要な事は吸気バルブが閉じている時にもこの慣性は働くと言う事です。
ちょっと図を書いてみましょうか。

つまり、バルブが閉じている間には図のように慣性が働き、更に瞬間的にバルブの外が正圧(1気圧以上)になる可能性があります。
是非この力を利用したいですね。

この力を最大限に利用するには、とにかく早く吸気バルブを開け、遅くまで吸気バルブを開いておく事です。
つまり、排気行程の後半では吸気バルブを開き始めれば、この慣性と圧の力で、排気が逆流せずに空気が入り始めます。
そして、排気の次に吸気行程に入りますね。そして次は、圧縮行程ですが、本来ここでは全てのバルブは閉じているはずです。
しかしながら、この吸気の慣性の力が大きければ、圧縮行程に入っても、しばらくは空気が入り続けるわけです。
極端な話し、シリンダーの中が1気圧を超えていてもまだ、この慣性と圧の力でそれ以上に入り続けることがあります。
その結果、実際のシリンダーの容積よりも、多くの空気を入れる事ができるのです。

これこそが、吸気慣性効果です。
シリンダーの容積の合計を排気量と定義していますので、この効果により排気量よりも実際には大きな排気量のエンジンになることになります。

実行圧縮比と言う言葉は一般的ですが、ここではこの実際に吸う空気の量を実行排気量と呼ぶことにします。
つまり、2000ccのエンジンだったら、1気筒当たり500ccですよね。
しかしながら、吸気慣性効果により、実際には600cc入ったりする事が有り得るわけです。
これが4気筒なら、600cc×4=2400ccのエンジンと同じことになります。
これは効果的ですね。

更に付け加えると、排気量だけでなく、圧縮比も変わりますね。
例えば、圧縮比が10のエンジンだとすると、500ccのシリンダーが、上死点では50ccになるわけです。1/10ですからね。
ところが、実際に600ccの空気が入れば、600ccの空気が50ccの容積に圧縮される事になります。
つまり、600/50=12 となるので、圧縮比は12になります。
これは、実効圧縮比と言われるもので、シリンダーの上死点、下死点の容積からの計算ではなく、実際の空気の圧縮比を指します。
まあ、600ccまで入るのは極端な例ですが、この様に吸気慣性効果を利用すると、実効排気量が上がるだけでなく、圧縮比も上がる事になります。これにより、本来の排気量や圧縮比より、パワーを出す事ができるわけです。
 

えー、ちょっと文章が長くなったので一休みと言う事で、後編へ続く・・・。

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