さて、慣性効果がいかに有効かという話をしまたが、
ただ、ここで問題となるのが、エンジンが低回転の時です。
空気に慣性を与えるためには、とにかく流速を上げなければなりません。
低回転の時には、当然一秒間に100リットルも吸いません。流速と言うのは、エンジンの回転数で変わるのです。
例えば、先ほどのエンジンで2000rpmの時には、流速は11.79[m/s]しかありません。
台風どころか、ちょっと風がある程度ですかね。これでは、吸気慣性効果は得られそうもありません。
さて、それでは低回転で流速を上げるにはどうしたら良いでしょうか??
もうわかりますよね?? 単に吸気パイプを細くすればいいんです。先ほどは60mmでしたが、断面積を半分にすれば、流速は倍にする事ができます。1/4なら4倍です。
これで、空気の慣性を上げる事ができます。
例えば、軽自動車の吸気パイプなどを見た事は有りますか??
ビックリするくらい細いし、エアクリーナーまでが、ながーいですよね。
これは、少しでも吸気慣性効果でトルクとパワーを稼ごうと言うものでしょう。
ここで細い以外にキーとなるのは、長いということですね。
ここで、ストローとシャボン玉の話を思い出してみましょうか。
あれは、長かったですよね。100mという極端な長さです。
長ければ、中に入っている空気の量も大きくなりますね。つまり、多くの空気の流速を上げる事ができるのです。
そして、シャボン玉と同じように、一瞬吸うのを止めても、中の高速な空気がしばらくは流れ続けようとします。つまり、吸気バルブが閉じている時に押してくる空気の量が多い事になりますね。
また、坂道などで回転数が落ちたり、シフトアップをしたり、アクセルを一瞬オフにしてもその流れは止まりにくいと言う事です。
排気量が小さい軽自動車などは、これの効果を利用してトルクを稼いでいるのでしょう。
さて、話を2000ccのエンジンに戻します。
この吸気パイプや、スロットルの60mmという径は変える事はできません。
(
可変吸気パイプ径システムと言うのは、聞いた事がありませんね。)
そこで、低回転から高回転まで、使える平均的な径に設定した、と言うことになりますね。
ただ、問題はカムシャフトのプロフィールやオーバーラップです。
高回転型のエンジンでは、前編で書いたように、吸気慣性効果が有る事を前提として設定しているので、低回転で吸気慣性効果が得られないときには、排気行程では排気ガスが吸気に逆流する可能性があるし、
また圧縮行程では、吸気バルブが開いているので混合気が漏れちゃいますねぇ。
そのために、可変バルブタイミング、可変プロフィールを実現するしくみが有るわけです。
例えば、ホンダならVTEC機構ですね。
これは、2種類のカムシャフトのプロフィールを持つ事で、低回転と高回転で切り替えて、低回転の時には、オーバーラップを殆ど取っていないわけです。そのおかげで、低回転やアイドリングも
、まともに動くわけです。
ホンダ以外のエンジンにも、同じような機構がついています。三菱ならMIVEC、トヨタならVVTなどですね。
ちなみにスポーツカーのエンジンにおいて、これらの機構の目的は、低回転でのパワーを稼ぐためではありません。
あくまで、高回転での性能を出すためのものです。
しかし、高回転での性能を求めると、レーシングカーのようなカムシャフトのプロフィール、つまり、バルブを開いたり閉じたりするタイミングになってしまい、低回転時に、まともにエンジンが回らないので、仕方なく低回転用のバルブの開閉タイミングを持ったカムシャフトを用意している、と理解すればよいでしょう。
この仕組みにより、吸気パイプを流れる空気の流速が遅い、低回転時にも、シリンダーから混合気が漏れたり逆流したりせず、最低限に使えるトルクが出るというわけです。
つまり、2種類の特性を持つエンジンが混在しているようなものですね。
まあ、妥協の産物と言えばそうですが、市販車である以上は最高のアイディアでしょう。
余談ですが、F1のエンジンは、アイドリングが5000rpmとからしいです。当然、低回転のパワーなど、全くありません。超高回転型のレーシングエンジンには、可変バルブタイミング機構など、回転系や動弁系が重くなるものは、基本的に付いていませんから。
さて、ここでもう一つ、疑問が有ると思います。それは、パイプの太さの次に、長さはどうなのか??という話しです。
何だか、長ければ長いほど吸気慣性効果が得られて、いいような事を書きましたが、実際はそうでしょうか??
実際に、高回転型のエンジンにはあまり長いものは有りませんね。
更に、チューニングエンジン用に、4連スロットル等が有ると言うことは、あまり長くない方が良い事もある事が伺えますね。
結論から言うと、高回転では、あまり長くない方が良いです。
この辺で、吸気慣性効果に矛盾を感じるかもしれません。その感性は、正常です。
一般には、高回転時には、長い吸気パイプは逆に抵抗になるとか、ロスになるとか言われていますが、どうしてそうなるのか、今一良くわかりませんね。(吸気慣性効果と、パイプの長さ
の関係については、私はちゃんとした説明を見た事は有りません)
それでは、ストローとシャボン玉の話をちょっと思い出してみましょうか。
吹いてからシャボン玉が膨らむまで時間がかかると言いましたよね??
ストローが短ければそんな事はありえません。
つまり、吸気パイプが長いと、パイプの中の空気の量が多いので、慣性が大きくなります。
これは、流れ続けようとする力も、止まり続けようとする力も大きくなると言う事です。
低回転では、これが非常に有効に働いて、シリンダーに沢山空気を入れる事ができました。
ただ、パイプの中の空気が多いと言う事は、中の空気の総量が多く、重いと言う事でもあります。慣性が大きいと言う事は、逆に言うと、速度を変化させるのが大変だと言う事です。
これが、流速が遅くなる方向に大変になるのはいいのですが、速くなる方向に大変になると、エンジンの回転数を変化させるのが難しくなります。
つまり、回転数が上がるのも遅くなるわけです。回転数が上がりにくいと言う事は、つまり加速しにくいと言う事です。
もっと簡単に言うと、パワーが出なく、レスポンスも非常に悪くなるのです。パイプの中の、沢山の重い空気の流速を、短時間で変化させないといけないですから。
ですから、高回転型のスポーティーなエンジンは、大体パイプは短めにできています。
回転数が上がれば、それ程パイプが長くなくても、十分な吸気慣性効果が得られるのです。
むしろ、流速を変化させなければならない、パイプ中の空気の量が少ないので、レスポンス良く、回転数を上げたり、下げたりできるわけです。
高回転では、パイプを流れる量が多いので、流速も速く、むしろ長くすると、上記のデメリットの方が大きくなります。
ただ当然、低回転は犠牲になりますが。
鋭い人は、ここで、低回転でも、同じように慣性のせいで回転数を上げにくくなるのではないか??と思うと思います。
しかしながら、「自動車に必要な物理学」に書いた通り、質量を持つものの運動エネルギーは、1/2mv2で、速度が上がる程、2乗で大きくなります。つまり高速になる程
、空気の流速を変えるのが大変になるわけです。
ですから、低回転時にはそれ程問題にはならなくても、高回転時には大きな問題となるはずです。
これらの要素から、何回転から、長さによるロスとゲインが入れ替わるのか、つまり、長さによる慣性効果の方が支配的なのか、短さによるレスポンスの方が支配的になるかが入れ替わるのか、が決まるはずです。
それによって、市販車の設計は、低回転、高回転が両立できる上手いバランスを見つけて決まるわけです。
また、車のキャラによっても変わりますね。
スポーツカーなど、パワーを出したい場合は当然高回転型になるので、低回転のトルクは犠牲になるし、ミニバンなどは、出だしをよくするために、低回転のトルクが凄くありますね。もちろん、上は回りませんが。
これでむき出しのエアクリーナーなどを付けて、低回転のトルクが落ちた原因がわかりましたか??
もちろん、吸気温度が上がる事もパワーを下げる理由の一つです。
しかしそれよりも、計算された純正のパイプや、チャンバーなどの空気溜まりを取ってしまうと、吸気慣性効果が低回転で得られにくくなるからでしょう。
実際に、いかに吸気慣性効果、脈動効果が効いているかを簡単に確かめるには、エアクリーナーボックスのフタを外して走ってみるとわかります。これは、ムキ出しのエアクリを仮想体験できます。
おそらく低回転が、スカスカになるはずです。(雨の日には水が入るので、やらないように)
逆に、高回転ではパワーが出る領域が有ると思います。
いかに、メーカーが上手く全回転数で、満遍なくパワーが出るように計算して、設計しているかがわかると思います。
さて、吸気慣性効果の説明はこんな所で理解できたでしょうか??
とにかく、空気には重さが有り、慣性がある事さえ常に念頭に置いておけば、大抵の事は理解できるでしょう。
ここで
一つだけ、吸気慣性効果を思い切り体感できる実験方法を書いておきます。
ここでは、6500回転以上まで回るエンジンを例としますが、自分のエンジンによって回転数は変えて下さい。
レブリミットから、大体1000回転くらい下げた所が良いと思います。
まず、アクセル全開で6500回転まで回して、6000回転の時の背中に感じる加速感を覚えておいてい下さい。
この加速度感が、パワー測定器で測るものや、カタログのパワーカーブに載っている6000回転時のパワーですね。
次に、全開で6500回転まで回したら、瞬時にアクセルを全閉にして下さい。 そして、6000回転まで落ちた所で、すかさずアクセルを全開にしてみて下さい。
このときに、一瞬ですがとんでもない加速を背中に感じると思います(ターボ車には、この現象は存在しない)。
この時の、瞬間的なパワーは、測定値やカタログ値の6000回転時のパワーよりも上です。
この理由こそが、吸気慣性効果です。
この現象の理由を書いておくと、
高速で流れている空気が、スロットルがいきなり閉じられる事により行き場を失います。
しかしながら、後ろからは慣性でドンドン空気が押してきます。つまり、吸気パイプの中が瞬間的に正圧になるのです。
その瞬間に、アクセルを全開にすると、一気にシリンダーの中に1気圧以上の空気が入ります。簡単に言うと、ターボ車で言う、ブーストがかかった状態になるんです。
そのため、瞬間的にパワーが上がる、と言う理屈です。(実際に、負圧計を見ていると正圧になります)
これは、ドラテクに直結してしまいますので後で書く予定ですが、ヒントを書くと、「同じ6000回転でのアクセル全開状態でも、運転の仕方によって違うパワーを出せる」と言う例です。
カンのいい人だったら、セオリー通りの運転よりも、高いエンジンパワーを出す運転の方法がわかっちゃったかもしれませんね。
でわ次に、排気慣性効果の話に入りましょうか。
始めに、NAエンジンにおいて、とても当たり前ですが重要な事を書きます。それは、、、
エンジンは、「吐かなければ吸えません!!」
ですから、排気系を細くしたり、詰まり気味にしても、単に吸えなくなりパワーダウンするだけで、壊れる事はまず無いでしょう。(もちろん、よっぽど極端な事をしなければ)
つまり、排気は、多く吸気させるために有ると言って良いでしょう。
実は、排気慣性効果は、吸気慣性効果と殆ど同じ理屈です。
排気系には、吸気パイプと同じように、一定の径を持ったマフラーが付いています。
そして、効率良く排気するためには、流速を上げて排気ガスの慣性を大きくしてやればいいのです。
そうすれば、排気バルブが閉じている時にも排気ガスは流れ続けようとし、排気バルブの外に、真空に近い状態ができます。
何度もいいますが、気体は圧の高い所から低い所へ行くので、真空に近くしてやれば最も効率良く、シリンダー内のガスが抜けるはずですね。
ちょと図を見てみましょう。
こんな感じです。簡単ですね。
マフラーも、吸気パイプと同じように太すぎると低回転では、流速が落ちるので、慣性効果が得られません。
よって、図のように真空に近い状態を作れず、結果として排気ガスを綺麗に抜く事ができなくなります。
そして、始めに書いた通り、エンジンは吐けなければ吸えません。
太いマフラーを付けると、低回転でトルクが落ちることがあるのは、このためでしょう。
そしてこの説明だと、これまた吸気と同じように、細ければ細いほどいい気がしますが、運動エネルギーの、1/2mv2の話を思い出すと、細くして流速を上げすぎると、排気速度を変化させるのが難しくなります。
つまり、これもエンジン回転を上げる妨げとなります。
よって、低回転から高回転まで全回転数が犠牲にならない、これらのバランスのいい太さを、見つけて設計しているのでしょう。
(ちなみに昔のF1のマフラーには、回転数により径を変えるシステムが付いていた、なんて話を聞いたことがあります)
更にマフラーの径には、細さの限界を決める、もう一つの大きな法則があります。
それは、
「地球上を走る限り、空気の流速は音速を超える事ができない。」
と言う法則です。
逆に言うと、地球上で可能な最も速い空気の速度が、音速だと言う事です。
(厳密には、超音速で飛ぶ飛行機や、銃弾等の周りに音速を超える空気ができることがあります。それらは、衝撃波と呼ばれているものですね。ただ、ピストンの排気行程で衝撃波を出すことは不可能です。)
よって、音速を超えるような排気流速になる径のマフラーは、パワーが出ないと言う事ですね。
もちろんこれは、吸気にも当てはますが、吸気の温度は、排気温度と比べて遥かに低いので、同じモル数(分子の総量)でも容積が小さく、無視してよい法則だと思います。
音速なんて、そんなー・・・。 と思うかもしれませんが、マフラーの流速はかなり速いんです。
私の簡単な計算ですが、例えばS2000のエンジンで、純正のマフラー径、60mmだと13000rpm辺りで音速に達する可能性が有ります。もしも、50mmなら8000rpmで達してしまいます。
S2000のレブリミットは9000rpmなので、それより手前で音速になってしまうことになりますね。
まあ、具体的な数値はともかく、マフラーの細さの限界は、音速にも支配されている・・・。
そんな話も覚えておくと面白いでしょう。
そして、最後に空気は粘性を持つと言う話にも少し触れておきます。
良くエキマニやマフラーにサーモバンテージ(断熱材)を巻きつけているのを見ると思います。
これは、周辺機器を熱から保護する目的もありますが、それは2次的なもので、メインの目的は排気ガスの温度を冷まさない様にするためのものです。
2009/12/8 修正
空気と言うのは粘性を持つ、ドロドロとしたものだと言う事は始めに書きましたが、空気は温度が熱いほど粘度が落ちるのです。つまり、サラサラになるわけですね。
これにより、排気ガスをサラサラにして排気速度を上げているわけです。
考えてみれば、オイルも熱が入るとシャバシャバになりますね。そうなれば、フリクションも減ります。
空気も同じだと言う事ですね。
何故そうなるかと言う事は、、、密度だとか、分子間力だとか色々難しい話になるので、ここでは省略します。
えー、気体も温度が上がると粘度が下がると書きましたが、間違えていました。
気体は
液体とは逆に、温度が上がると粘度が上がります。
モル数が減るのに粘度が上がるとは、不思議ですねぇ。
それではなぜバンテージ等を巻いて排気温を上げるのか、考えてみてください(笑)。
さて、とりあえず吸気慣性効果と、排気慣性効果のお話はこの辺にしておきます。
一応物理的に合っていると思いますが、間違っている所が有ったらゴメンなさい(笑)。
それと、始めに書いた通り、脈動効果というのも重要だという事は覚えておくと良いと思います。
今回私が思ったことは、純正の吸排気システムは、これらをキッチリ考えられ設計されていて、パワーや音量などのバランスが、非常に良くできていると言う事ですね。
まあ、当たり前ですけど・・・。
今回の説明で、
少しでも、吸排気のチューニングの参考になれば幸いです。
また、今回書いた空気の慣性効果は、運転技術にも非常に重要です。
それを理解した運転と、していない運転では、全くエンジン性能の出し方が変わると言っても良いと思います。
実は今回は、慣性効果を利用した運転、ドラテクの話も少し書いたのですが、ちょっと文章が長くなったので、とりあえずまた後で掲載予定です。
以上