車間30cm。
啓介: 「チクショー、むかつくアオり方だぜ。 離れねぇ。 あのS2、本当にノーマルだとしたらどんなマジック使ってるんだ??
物理だか理論だかしらねーが、俺はそんなもの認めねー。認めたくねー。車の性能差やドラテクを上回る理論なんて、オカルトの世界じゃねえんだから存在するわけがねー。」
山田: 「…。思った通りだな。 あのFD、車高を上げてリフトが増えた分、GTウィングとカナードを思いっきり立ててダウンフォースを稼いでいる 。 GTウィングのマウント位置も高くなっている!!」
解説:
賢明な読者はもうお気づきであろう。 S2は、オーバーフェンダーと高い位置に立てられたGTウィングの後ろのスリップにすっぽりと入っているのである。
先頭で超高速で空気とケンカしながら走っているFDとは対照的に、スリップに入ったS2の前は穏やかな無風状態なのである!
更に、FDの作ったスリップストリームが、S2を後ろから押して、実際の馬力以上の加速を生んでいるのだ!
山田: 「FDのにいちゃんはスリップなんて物は、F1やレースの世界だけだと思っているのだろう。」
山田: 「だが、競輪はもちろん、スピードスケートでさえ先行は不利だろ? スリップってのは、もっとずっと低速域から効いて来るんだ。
車の加速を妨げるものは大きく別けて三つ。
空気抵抗、転がり抵抗、機関抵抗だ。
そのうち、実に60%以上は空気抵抗なんだぜ。 しかも、空気抵抗だけは、速度に対して二乗で効いて来るんだ。 元々Cd値の低いFDだが、それだけウィングを立てるとドラッグとなるし転がり抵抗も増える
。 この速度域になると、前のFDのパワーは、180馬力以上食われてるんだよっ。
高速域になると、パワーウェイトレシオより、パワーが効いてくるのが何故なのか、後でゆっくり考えてみるんだな。」
ギャラリー: 「ウォーー!!何だ、あの2台! 車間が全くねぇー。連結されているみたいだぜ。」
山田: 「俺のS2にはGTウィングはついていないが、スリップに入ればほとんどリフトしない。 ゼロリフトにするには純正スポイラーだけで十分なんだ 。 S2の数少ない弱点は、オープンボディーならではのAピラーの角度だ。それでフロントガラスが立っていてCd値を上げているんだが、スリップはその弱点も消してくれる 。 外見がノーマルなのには意味があるんだ!!」
啓介: 「…。ライトが見えねえって事は、まだ真後ろにいるのか? こっちはアクセルベタ踏みだってのに、全く離れねー。 俺は悪い夢でも見ているのか??」
スタート地点:
大林: 「スリップ?」
東山: 「そう。山田さんはハイパワー車を追っかける時はいつもスリップを使うんだよ。」
大林: 「!!。 だから、幌閉めたんですね!?」
東山: 「うん。幌なんて開けてたら、空力上最悪だからな。 Cd値も、Cl値も。 今回は、完全に高速セクションでの勝負に賭けているみたいだな 。 まだ離されてなければ、山田さんはそろそろ仕掛けてくるぜ、例のやつ。コワァ〜。」
山田: 「…熱ッちー。 顔がヒリヒリしてきたよ。」
山田: 「このスリップ走りの唯一の欠点は、ラジエターに風が当たらない事なんだ。 だから、ヒーター全開にしないと水温補正が入って、パワーダウンしちまう 。 一瞬でも離されたら一貫の終わりだからな。 窓開けたいところだが、この速度ではとても開けられない。 早くスリップから抜けたい!! もうすぐだ!!」
トンネルの後半セクション。 ここで、両車はこのコースの最高速度を記録する。
山田: 「…。ここでこの速度は未経験だなぁ。 でも未経験のこの速度の中で俺はまだ、、、冷静だ!!」
次に訪れる直角の右コーナーのために、セオリー通りに左に寄り、アウト・イン・アウトの体制に入るFD。それに対し、S2はFDのスリップから抜け、インから突っ込む。
フルブレーキで、フロントタイヤに激しくABSが作動するFD。
啓介: 「なっ!! 何考えてるんだ、あのS2。何キロ出てると思ってるんだ? インの苦しいラインでまだブレーキ踏まねぇ。 ブレーキ壊れたかー!?」
「ガ、クーン」
フルブレーキで、激しくノーズダイブするS2。フロントタイヤにABSが介入する。
ヒール・アンド・トゥーで、わざと回転数をずらし、クラッチで後輪をハーフロックコントロールする山田
。 ステアを切ると共に、クラッチを切り、強烈なヨーを立ち上げ、クリップ近くで高回転で繋げる。
「ガッガッ」「カックーンー」
啓介: 「!!!!」
啓介: 「何だ今のは???? 何だ、あの減速の仕方は? 何だあの曲がり方はーー!?」
インに並んだS2が、始めの右コーナーであっさりとFDをパスする。
ギャラリー: 「ウォーーーー!!」 「何か今のS2、変な曲がり方しなかったか?? 枝が折れるみたいに、カクンって。。。」
ギャラリー: 「ああ。 車って、あんな曲がり方する物なのか??」
解説:
ここで、山田のS2は、啓介のFDに対する数少ないアドバンテージを利用してきた。
それは、”ABSの性能差”である。
両車とも重量はほぼ同じ、前後重量配分50:50のフロントミッドマウントのエンジンであり、どちらもブレーキ性能は優れているが、ここに来て電子制御の性能差が出た。
21世紀に発売されたS2は、10年以上前に設計されたFDと比較し、センサーとコンピュータの処理速度が速い。 ABSが非常に良く出来ているのだ。
そして、山田は、そのABSの性能を引き出すのが上手い。
ブレーキングドリフトでコーナーをクリアする啓介。
啓介: 「…。明らかに今のはドリフトではない。 ゴッドアームの曲がり方とも違う。 完全なグリップだった。。。
車って、あんな曲がり方をする物なのか??」
山田: 「フフ…。プロジェクトDと言えば、理論派だと聞いていたが。。。」
山田: 「FDのにいちゃんは、ブレーキってのは、ABSが付いてれば蹴っ飛ばしてもいいと思ってねえか??
まあ、プロドライバーでも蹴っ飛ばすと言ってる人がいるからなぁ。
レーシングカーではどうか知らないけど、市販車のブレーキってのはもっと奥が深いんだよ。 足を硬めれば硬めるほど、制動距離は伸びるんだ!!
S2の足がノーマルなのにも、ちゃんと意味があるんだよ。」
啓介: 「わからねー。何で、FDのチューニングされた足とブレーキで、ブレーキングからターンインでドノーマルのS2に負けるんだ???
あっち、16インチタイヤだぜ・・・
全く理解できねー事だらけだ。。。 これが、アニキの言ってた、「理論」ってやつなのか...?」
続く・・・