ノーマル主義

 

山田: 「…。ここの左の高速コーナーがこの車の最大の弱点だ。 橋だから側溝は無いし、ノーマル足ではロールとの戦いになる。 FDは仕掛けてくるか??
でも、その先を良く考えると? 難しいぞ!!」

啓介: 「何だ?あのS2のロールは? ロールアンダーが出てる…。 やはり高速コーナーは、こっちの方が上だ。 ヨッシャー!! 行けー !!」

ワイドとレッドと、硬められた足、ダウンフォースを生かし、FDは全開で高速コーナーをクリアしにかかる。
S2とFDの差は一気につまり、アウトからFDがS2に並ぶ!!

しかし、立ち上がってすぐにブレーキに足を乗せる啓介。

啓介: 「!!チッ。ジャンピングポイントか。さすがにここは着地を考えると全開ではいけねぇ。」

それに対し、ノーマル足で全開でジャンピングポイントをクリアするS2。
S2は着地しても、全く挙動が乱れない。
ここでまたしても、S2が前に出る。

山田: 「やはりノーマル足じゃないとここは全開では行けないな。 車高下げたり、足硬めると踏んでいけない。」

「ガン、ググッ、 カーーーーーーン」

山田: 「フッ、全くS2ってのは良く出来てる車だよ。 天下のホンダが、一切の妥協無く、全てを専用設計で作り、エンジニアとテストドライバーが「これです!!」と言って出してきた車だからな。下手にいじるくらいなら、ノーマルの方がいい。
さてと、最後のストレートとゴール前の上りのために貯金を作らないとな。インフィールドで離せるだけ離す!!」

啓介: 「チチーーー。フラストレーション溜まりまくりだぜ。 直線もコーナーも、こっちの方が速いはずなのに、全然車の性能を発揮できねぇ 。 いやらしいインフィールドだぜ。」

FDのフロントスクリーンから、少しずつS2が遠ざかっていく。

解説:
過給機が付いていることを除けば、この2台は非常に良く似た性格の車である。
車重も車高もほぼ同じ。 フロントミッドエンジンに、リアドライブ。 前後重量配分50: 50。4輪ダブルウィッシュボーンサスペンション。
9000回転まで回る軽量コンパクトなエンジンに、クイックなシフト。
それらが生み出す走行性能は、共に、ピュアスポーツカーと呼ぶにふさわしい。
ところが今回の場合、パワーの次に最も違うのは、ドライバーのタイプである。
理論よりテクニック先行の啓介に対し、テクニックより理論先行の山田。
両者のバトルは佳境に入る。


山田: 「全くこの車は俺と相性がいいと思うよ。 S2って車は、ABS以外は電子制御が全く入っていない。
物理の通りに車が動くし、物理の通りに、破綻する時は破綻する。 とても素直な車だ。
そして物理屋の俺から見てもこの車は、、、綺麗だ・・・
これでもか!!と言うほど、重量物を中心に集めたこの車は、非常にコーナリング時の慣性モーメントが小さい 。 慣性モーメントは、重量と、重心からの距離のベクトルの外積だからな。アールに対して、刻々と変化する車の接線方向のベクトルに対し、外部からの小さな入力で向きが変わる。
簡単に言うと、少ないタイヤのグリップで簡単に曲がるって事さ!!」


プルルー:

健太: 「涼介さん! FDが少しずつ離されていってるみたいです!!」

涼介: 「インフィールドで、啓介が離されるのは想定通りだ。 相手は、超理論派だからな。」
涼介: 「啓介、お前がいくら、理論や物理を否定したところで、お前の乗っている機械は、物理法則に従って動いているんだ。 感覚的なドラテクだけでは、必ずどこかで壁が来る 。 物理アレルギーのお前に、ショック療法をするためにここに連れて来たんだぜ。 ここはふんばって、最後の直線に勝負をかけるんだ。 S2の運転から、何かを学べ!!」


大林: 「なんか、山田さん頑張ってるみたいですねぇー。」

東山: 「うーん。俺が走りたかった!!」

大林: 「でも東山さんって、どちらかと言うと高橋啓介に似たタイプなんじゃないですか?? 感覚派で...。」

東山: 「うーん。確かに...。山田さんの言ってることは、おいらには今一わからん。色々教えてくれるんだけど。」

大林: 「でも、二人の速さはほとんど変わらないんでしょう?? 不思議ー。」

東山: 「…。」
東山: 「山田さんは今でこそ、スーパー理論派何て言われているけど、俺は特にブレーキングの持ち味が凄いって言ってるんだよ。 俺もサーキットで、自分の車をプロに運転してもらってブレーキ体験したことあるんだけど、プロのブレーキって、根本的に何かが違うよ 。」

大林: 「え?プロはABS効かせないの?」

東山: 「もちろん効かせるよ。 でも、ブレーキ踏んでからABSが効くまでの間の減速Gが俺たちと全く違うんだ。 俺の車なのに...どんな技なのかと思ったよ 。」

大林: 「へー。」

東山: 「でも、山田さんは普通にそれをやるんだよ。」

大林: 「!?」
大林: 「どこで覚えたんですか?? ひょっとしてサーキットのドライビングスクールとかで??」

東山: 「いや。山田さんは、サーキット何て行ったこと無いんだ。 車両保険が効かないからとか言って…。 山田さんが言うには、あのブレーキングは簡単な力学らしい 。」

大林: 「ふぇー?。」

東山: 「タイヤの最大摩擦系数は、静止摩擦係数で、F=μmgで表されるらしい。 このうち、ドライバーにコントロールできるのはmだけで、μの非線形性を考えると…」

大林: 「???もうやめてぇー。」

東山: 「実は、俺にも良くわからないんだ(笑)。」

東山: 「だから簡単にこう言ってたよ。 山田さん曰く、”2段ブレーキ”だってさ。」

大林: 「2段ブレーキ??」

福田弟: 「あ、それ俺体験させてもらいました。 ムチ打ちになるかと思いましたよ。 それくらい強烈。。。」

福田弟: 「山田さんは、ABSの介入はロックだって言ってましたよ。 だから、介入させないに越した事無いって。」

東山: 「俺には、ABSが介入して、ガガガってなる時の、二つ目のガガのタイミングが1番おいしいって言ってたなぁ。」

大林: 「おいしいって(笑)。 ABSなんて、一秒間に数十回ガガガって来るんでしょ?」

東山: 「まあねっ。 でも、山田さんが踏むと、ガッガッガって、間が広いんだよ。 それが2段ブレーキのメリットとかいってたなぁ。」

大林: 「うーーー。もうわかんないや。 今度聞いてみよう。」
 

続く・・・

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