S2000は何故ピュアスポーツカーか?
 

始めに、ピュアスポーツカーの定義と言うものは難しいし、人それぞれだと思いますが、自分の個人的な考えを書いて見ます。
親ばかならぬ、オーナーバカみたいになってしまいますが、その辺は暖かい目で(笑)。

まず、物理的に、運動性能の良い車のレイアウトと言うのは、実は意外に単純なものです(もちろん、実際に作るのは難しいですが)。

まず最も基礎となる、ボディーの特性は、とにかく「軽量、低ヨー、低重心、高剛性」。
これを満たす事が絶対的に大事です。

軽量、低重心は有名ですが、この中で、意外と見落とされ勝ちなのが、「低ヨー」ですかね。
ここで使うヨーと言うのは、自動車に必要な物理学に書いてある、慣性モーメントの事で、この場合は、車自体のヨー慣性モーメントの事をいいます。 (以下、ヨーと略します)
簡単に言うと、車の回転のしやすさですかね。 これを運転中に感じるのは、コーナリング時の、姿勢の作りやすさや、回頭性の良さ、更にスピンのしやすさに繋がるものでも有りますね。
これは、いわゆる「曲がりやすさ」を生み出す、大きな要素となります。

自動車に必要な物理学に書いた通り、慣性モーメントは、mr2で表されます。これは、回転のさせにくさを表すもので、小さいほど低ヨーということになります。
ここでのrはヨー軸(Z軸とも言う。回転する車の、中心軸ですね)からの距離で、mは重量物の質量です。

ちなみに、F1にしろ、WRカーにしろ、GTカーにしろ、大体のレースでは、最低車重がレギュレーションによって決められています。
しかしながら、実際にはそれよりも遥かに軽い車を製作します。そして、後で最低重量を満たすために、オモリを載せるわけです。
一見無駄に見えるこの行為。実はオモリをヨー軸の近くに置く事により、慣性モーメントを最小限にしているわけです。(まあ、感覚的に考えても、そのオモリをフロントの先っぽに付ける人はいませんよね(笑)。)

これらからも、慣性モーメントを小さくする事が、いかに大事かが分かると思います。
そして、S2000は、市販車としては、驚異的に低ヨーが実現されている車です。
ちなみに以下の図は、ホンダのHPに載っていたものです。

是非、重量物の搭載位置を見てみて下さい。S2000のヨー軸は、ちょうどシフトノブの辺りです。
エンジン、ミッション、バッテリー、運転者の位置、スペアタイヤの位置、ウォッシャー液のタンクの位置、トランクの工具の位置、キャリパーの位置、これら全てが市販車としては驚くほどヨー軸の近くに搭載されています。

特に、 とかく、エンジンはその出力性能に目が行きがちですが、車の中でエンジンは、おそらく単品では最も重たい部品でしょう(75Kgの人が、二人乗れば、人間が1番重くなりますが)。
ですから、エンジンは出力性能だけではなく、重量、長さ(縦置きの場合)、重心、そうしてその搭載位置が、車の特性を決める上で、非常に大事な要素となります。


ちなみに、カタログには載っていない主要諸元に書かれているとおり、F20CはK20Aよりも約100mm長さが短くなっています。
ボアが大きいのにも関わらずです!! エンジン高は若干K20Aよりも高いですが、連カン比の差を考えれば、まあ良くできているでしょう。
そして、重量も僅かですが、K20Aよりも軽いですね (エンジン単体のパワーウェイトレシオ何て計ったら、おそらく量産NAエンジンとしては世界一では??)。
そして、何よりも縦置きなのが、より低ヨーを実現しているでしょう。
まあ、これで水平対向エンジンだったりすると、もっと短くて低重心にできるのでしょうが、直列エンジンとしては満点に近いでしょう。

コーナリングの特性と言うのは、サスペンションなどの足廻りの構造やセッティング、タイヤや、アライメントなどによっても変える事ができますが、それらはやはり対症療法的で、本質的な特性は、この重量物のパッケージングで決まると言って良いと思います。

余談ですが昔、GTカーで、GT-Rが直6のRB26で勝てなく、V6エンジンに載せ換えた何て話を聞いたことがあります。
パワーはRB26の方が明らかに上だったようですが、コーナリングがフロントヘビーで遅くて、結果的にパワーを落としてでも低ヨーを選んだ方が速かった、というのが理由らしいです。

この、低ヨーというのは、車重と違って直線での加速や減速には関係有りませんが、コーナリング性能には大きな影響を与えるものです。

さて、ヨーの話はこれ位にして、 次に軽量と、低重心についてですが、これは有名ですよね?
重心は、低ければ低い程、運動性能は良くなります。最近では、ミニバンでもF1を例に出したりして、低床低重心を売りにしていますね。
また、車は軽ければ軽いほど、加速、減速性能共に上がりますし、コーナリング時の遠心力も、ヨーも減ります。軽さは、運動性能を上げるためには不可欠なものでしょう。
これらは、レーシングカーなど、運動性能を求めている車がやっている事そのものですね。


そして次に、高剛性ボディーですが、これは色んな要素が絡んでくるので、それだけを語るのは、ちょっと難しいですねぇ。
一応剛性と、その他の関係する事を交えて、S2000のパッケージングに付いて考えてみました。

まず一般に、高剛性と、軽量化というのは相反する物になりやすいですね。剛性を上げるために頑丈にボディーを作ると、どうしても車重が上がってしまいます。また、逆に昔の車はとても軽量でしたが、剛性なんて本当にフニャフニャです。

さて、よくS2000は、もしもオープンカーではなく、クーペボディーならば、より運動性能が高かった(速かった)だろうと言う話は、飽きるほど聞くと思います。(S2000の開発者の中にも、雑誌の記事でそのような事を言っていた人がいました。)
基本的に皆が言う理屈は大体同じで、クーペボディーにしていれば、同じ剛性ならもっと軽量にできたし、重量が同じならもっと高剛性にできた、という理屈ですね。
まあ、ぱっと聞くと、ごもっともと言えば、ごもっともな気もしますが、果たして本当にそうでしょうか??
ちょっと当たり前のように言われているこの話、少し疑ってみる事にします。

確かに、オープンボディーにしたことで、同世代のインテR(DC5)や、シビックR(EP3)よりも重量が重くなった事は事実でしょう(FD2シビックRはS2000より重いので除く)。
ただ 剛性は、色んな計り方があるし、車重と違って数値で見るのは難しいですが、私が運転した体感では、大体ですが、DC5と同等程度かそれ以上にはなっていると思います。

さて、剛性の話はちょっと一端置いておいて、、、
車の運動性能を計る上で、低重心というのは非常に重要な要素ですね。そこで少し、重心とオープンボディーについて書いてみます。

例えば、こんな話があります。国産の、某WRCのベース車両で、筑波サーキットのコース2000など、国内サーキットにおいて、チューニングカーで、GT-Rと並んでほぼ最速のタイムを出している車の話しですが、その車は、ルーフ(天井)の材料をマイナーチェンジの途中で鉄からアルミに変えました。これにより、ルーフだけで約4Kgの軽量化ができたそうです。そしてこの軽量化は、ルーフを30mm下げたのとほぼ同等の効果があるらしいです。
30mm…。僅か、それだけのために、鉄とアルミを溶接する、高価な機械を導入したらしいです(鉄とアルミは熱膨張率などが違うため、溶接が難しい らしい)。
しかしながら、それだけでかなり運動性能が変わったと言う話しです。
(ただ、30mm下がったとしても、その車の車高(全高)は、S2000と比べると非常に高いものですが。)

この話からも、重心というのは、屋根の重量がいかに重要かがわかりますね。
そして 屋根だけでなく、上の方に付いている重量物は、非常に重心を上げる事になります。
例えば、ピラー類、そしてフロントガラスや、リヤガラス、窓ガラスも高い位置にある重量物ですね。ガラスってのは、結構重いものなんです。
その点、オープンカーはどうでしょうか。当然、その重たい屋根なんてありません。重いリアガラスもありません。1番高い場所に付いているのは、フロントガラスやAピラーの上部でしょうか。座高が高い人だったら、ヘタしたら、人間の頭かもしれませんね(笑)。

そして、オープンカーは、と言うか、S2000は横転時のことを考えて、Aピラーの角度をどうしても寝させることができず、立っていますね。(ちなみに、メルセデス等の高級オープンカーの一部は、Aピラーが寝ているものがありますが、これらは横転などの挙動を感知すると、瞬時にロールバーがドバッと飛び出てくるしくみらしいです)
この、立っているAピラーとフロントガラスは、見た目も悪いし、空気抵抗も大きくなりそうです。
ただ、メリットも有ります。それは、「同じ高さならば、立っていた方がガラスの面積を小さくできる」と言う事です。
もちろんAピラーの長さも短くなりますね。(図は書きませんが、わかりますね)
これは、高い場所にある、重たいガラスの面積が少ないわけなので、結果的に軽量化&低重心になっているわけです。
また、空気抵抗も、ガラスが立っている代わりに面積は小さいので、それ程クーペボディーと変わらないのでわないか?と考えています。
そして、窓ガラスも一般のクーペと比べて、明らかに小さいですね。

そして、クーペボディーの車のリアガラスは、セダンと比べても大きいものが多いですが、S2000には、リアのガラスは存在しません(初期型はビニール。後期型はガラスだが、面積が小さい上、屋根を空けてしまえば重心には殆ど関係ない)。

つまり結果的に、オープンボディーは、非常に低重心化に貢献してしまった事になります。
まあ、これでフロントガラスがなければ、本当にカートみたいな形ですからねぇ。

もちろん ホンダがS2000を開発する時に、低重心化のためにオープンボディーにしたとは思いませんが(おそらく、Sシリーズの伝統でしょう)、結果的に非常に運動性能を上げてしまったのは、ホンダらしい誤算でしょうかね。

ただもちろん、オープンボディーはいい事だらけではありません。
Aピラーしかないその形は、車自体が板バネみたいなものなので、曲げ剛性やネジリ剛性を上げるのが非常に難しそうです。そこで、ハイXボーンフレーム構造など、様々な技術で剛性を上げてきたのでしょう。その結果として、室内は非常に狭いし、車重も重めになってしまいました。サイドシルも、ビックリするほどでかいですね。


ただ、先ほど書いたように、重心が非常に低いので、剛性が多少低くても、天井から受けるピッチングモーメントや、ローリングモーメントによる荷重は存在しないわけです。
極端な話し、軽くて、低重心ならば、ボディーをねじ曲げようとする力も小さくなるので、それほど剛性は必要ないわけです。(剛性については、また詳しく書く予定)

それでも、クーペボディーとして設計した方が、運動性能が高く、速かったのかどうかは私にはわかりません。
ただ、これだけは言えると思います。
もしも、クーペボディーを前提に設計していたら、ハイXボーンフレーム構造にはなっていなかったでしょう。そして、車重は軽くなったかもしれませんが、重心はおそらく高くなっていたでしょう。

オープンボディー先にありきで設計されたS2000。
その欠点を補うために、様々な努力と開発をしているうちに、結果としてオープンボディーのメリットの方が、出てきてしまう結果となった。
ホンダらしい、そんなオチだと思います(笑)。
よって、オープンボディーだからピュアスポーツカーではない、と言う一般常識は、S2000には通用しない物だと考えています。

また、車重は重いと言っても、1240Kg。
250馬力と言うパワーと、衝突安全などの最近の車事情を考えると、決して重くはないでしょう。実際に、同じ排気量でFFのFD2型のシビックタイプRは、更に30Kgも重いのですから。

よってS2000は、高い運動性能に必要な、3大要素、「軽量、低ヨー、低重心、高剛性」。
これを、高い次元で満たしていると思います。


そして、次に重量配分です。良く、FRの理想的な重量配分は、50:50と言われていますが、S2000はそれを実現しています。それも、50:50でもフロントの先っぽと、リアの先っぽが重たい50:50ではなく、上記のとおり、ヨー軸 をホイールベースの中心部にし、ヨー軸に近い所に重量物を集めた50:50です。
同じ50:50でも、中身が違います。
これは、見事と言うしかないでしょう。

また 駆動方式については、FF、FR、MR、RR、4駆、いずれも長所があるので、論争を避けるためにあまり書きませんが(笑)、少なくとも、後輪駆動にすることで、殆どのホンダ車に使用されているFFレイアウトよりは、トラクション性能は高くな っているはずです。
これまた、ホンダの開発者が記事で言ってたことですが、「絶対的な運動性能を追求するとミッドシップ(リアミッドシップ)になる」そうですが、これまた果たしてそうなのでしょうか?
断言されると、なんか疑いたくなってきます(笑)。

まあ、確かにF1はミッドシップだし、レーシングカーや、世界のスーパーカーはミッドシップが多いですね。
確かに、ホイールベース内にエンジンを搭載する事は低ヨーを生むためには必要そうです。
でも、フロントミッド(正確には、FRビハインドアクスル・レイアウト。アクスルは、車軸と言う意味で、エンジンがフロントの車軸の後ろにあると言う意味です。長いので、以下フロントミッドシップと呼びます)にするか、リアミッドにするか、どちらがいいかはそんなに簡単ではないと思います。
私の考える、市販量産車レベルのリアミッドシップの最大のメリットは、トラクションの高さや低ヨーではなく、プロペラシャフトが無い事や、デフとミッションを一体構造にできることによる、軽量化がしやすいことと、ブレーキング性能の高さだと考えています。


今回、トラクションとヨーをそれ程メリットだと考えない理由は、まずトラクションは、2リッターのNAなら、パワー的にフロントミッドで十分だと考えています。
また低ヨーについては、ミッドシップ車は市販車の場合、大抵横置きエンジンなので、実際には殆どエンジンが後軸の上に載っているようなレイアウトになりがちです。よって、ホイールベースのかなり後ろの方に重心が集まる感じで、ちょっとRRっぽい感じを受けてしまいます。
やはり横置きで、重心をホイールベースの中心近くに収めるのは難し いのでしょう。
そうであれば、ドライバーは前の方に乗ってるわけだし、大体、フロントタイヤまでの距離が長いです。更に、ラジエターやヘッドライト、スペアタイヤ等の重量物も、いくつかは前に付いているので、重量物の位置がバラけて、当然ヨーも大きくなりやすいでしょう。 上記の式の通り、ヨーは、重量よりもヨー軸からの距離の方が大事ですから。

もちろん、エンジンを縦置きで、完全にホイールベース内に入れられれば完璧ですが、少なくとも私は直列4気筒で縦置きの、国産リアミッドシップカーを見たことはありません。(ちなみにNSXのGTカーなどは、縦置きに変更しているようですね)

なので、横置きエンジンでリアミッドにしたら、フロントミッドよりも低ヨーになったか?と言うと微妙な気がします。
まあ、トランスアクスルになるので、重量物のヨー自体は小さくなったかもしれませんが、横置きエンジンだと重心もヨー軸も、ホイールベースのかなり後ろ寄りでしょう。
それでは、車全体のヨーは大きくなる可能性が有ります。

つまり、縦置きのフロントミッドシップと、横置きのリアミッドシップの差は、微妙ではないか?と考えています。

そして、もしもS2000をリアミッドとして開発していたら、間違いなく横置きだったでしょう。
NSXでさえも、そうはなっていないので、おそらくS2000でもそうはならなかったと思うのが、その理由です。

私は、リアミッドシップなら何でもいいと言うような、「ミッドシップ絶対」の神話は、ちょっと信じていません。

しつこいようですが、リアミッドで、完全にホイールベース内にエンジンを縦置きで入れて、今のS2000の様に、ホイールベースの真ん中辺りに重心とヨー軸が来るのであれば、 車重の面でとてもかなわなかったと思いますが。

ちょっと長くなりましたが、そんなわけで、リアミッドに縦置きでエンジンを置けない限り、別にS2000をFRにしたことが、妥協した事だとは思いません。


きりが無いので、駆動方式についてはこの辺にしておきます(笑)。(各駆動方式についての特徴の詳細は、またトップページに書く予定です。)

そして、スポーツカーについてにも書いた通り、S2000には、ABS以外に、電子制御が一切入っていません(ABSもキャンセル可能)。

とにかく、コンピューターで運動性能を上げるのではなく、機械で運動性能を上げると言う思想。
そして、何よりもオートマの設定が無いのが、車のキャラを語っていると思います。
TypeRシリーズも、ベースモデルにはオートマがあるし(と言うか、主流)、NSXでさえもオートマがあるのにも関わらずです。

これは初めから、純粋にスポーツ走行をする人のために作られているとしか思えません。
そしてその素材として、S2000は完成されていると思います。
その素材を活かすも、殺すもドライバー次第と言う、まさにスポーツの発想ですね。

他にも9000回転まで回るNAエンジンや、プロでもシフトミスをするような、ゲートが狭いクイックなシフト、4輪ダブルウィッシュボーンなど、細かい機械的なことは沢山ありますが、 まあ、きりが無いので(笑)。
これだけで、十分ピュアスポーツカーの条件を満たしていると思います。
 

*AP2では、フライバイワイヤー(電子スロットル)と、横滑り防止装置の電子制御がついています。燃費や保険対策なのでしょうが、、、。)

長文、失礼!!

Writetten by E.T

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