バネを硬くすると、なぜクイックになるのか?
さて、サスペンションのバネレートを上げて硬くすると、一般にステアリング操作に対して、車の挙動のレスポンス良くなる、いわゆる
「クイックになる」と言われていますね。
とても簡単に言うと、ハンドルを切った時に、柔らかいバネよりも硬いバネの方がすぐに車が曲がり出す、ということでしょうか。
実際に車高調にしてもダウンサスにしても、普通は純正のバネよりもバネレートが高いものが多いと思います。
多くの場合、これらを入れると車の動きがクイックになりますかね。
まあそんな事は当たり前だと思うかも知れませんが、どうしてそうなるのかをちょっと考えてみましょう。
こんな所にも、上手く、或いは速く走るためのヒントが隠れているかも知れません。
今回は簡略化のため、車高やロール軸の位置は変わらず、バネレートだけが変わるとしましょう。
ちなみに、これについて時々聞く説明が、「バネレートを上げるとホイールレートが上がり、荷重移動が速くなることにより動きがクイックになる。」や、「ロール剛性が上がると荷重移動量が大きくなってクイックになる。」といったようなものですかね。
まあ実際にバネレートを上げると荷重移動が速くなったり、移動量が大きくなったりするかどうかは置いておいて、仮に荷重移動が速くなったり大きくなったりすると、どうしてクイックに曲がるようになるのか?、という新たな疑問がまた生まれてしまいますね。
恐らくですが、こういった説明をするのは工学系の人に多いのではないかと思います。
ここでは始めに書いたコンセプト通り、工学系の用語を使わずに、一貫して高校物理の範囲からはみ出ないように説明して行きましょう。
バネレートを高くするとステアリング操作に対して、車の動きがクイックになる理由はとても簡単に説明できます。
車がコーナーを曲がる時の、4輪の通る軌道と、車の重心が通る軌道を考えるととてもわかり易いでしょう。
図1 バネが全く縮まない車。
図1は、バネが一切縮まないとしたものです。そうなると、車の内輪が浮かない限り重心は図の赤線の軌道を通りますね?
4輪の位置に対して常に重心の位置は同じです。
つまり、タイヤが曲がり始めると同時に重心も曲がり始めることになりますね。
よってタイヤが通るRと重心の通るRは常に同じです。
ところがバネレートが柔らかくロールする車だと、
図2の様になりますね。
図2 バネが柔らかい車。
4輪が曲がり始めても、重心がロールしているしばらくの間は、重心は直進に近いゆるい円運動をしようとしますね。
乱暴に言うと、タイヤが曲がり始めても重心はしばらく直進しているわけです。
つまり、ロールによって重心が横方向にも移動するため、4つのタイヤの中心位置が通る軌道と、重心が通る軌道がズレるわけです。
よって4輪が曲がり始めても重心はしばらくの間は、タイヤのRと同じRでは曲がらないことになります。
実際には
図2の
緑の線の部分のように、
重心のRは大きめとなりますね。
ただロールしきってロール運動が止まると、重心の軌道は4つのタイヤの中心の軌道とズレてはいますが、Rは小さくなってタイヤが通るRとほぼ同じの一定の値(曲率)となりますね。(青い線の部分。赤線よりRは若干大きいですね。)
そしてコーナーの出口でロールが戻ると、重心はまたタイヤの中心と同じ軌道を描くことになります。
つまり簡単に言うと、バネが柔らかくロールが大きいと、4つのタイヤが曲がっていてもしばらくは重心は曲がり始めず、曲がり終わってもしばらく曲がり続けている、といった状態になるわけです。
これがステアリング操作に対してレスポンスが悪くなる、クイックでなくなる理由の説明として分かりやすいでしょう。
よってバネを硬めていくと、この差が小さくなっていくため、どんどんレスポンスは良くなる方向に行きますね。
実際にバネの付いていない(レーシング)カートなんかは、ビックリするくらい動きがクイックです。
今回はバネの話をしましたが、これはロール剛性が高いほど、つまりロールによる重心の移動がしにくくなるほど、挙動がクイックな傾向になる事がわかると思います。
例えば、ボディー剛性を上げるのも、タイヤの剛性を上げるのも、ブッシュを硬めるのも、重心を下げるのもクイックな方向に行きますね。
(もちろん、バネレートや各部の剛性を上げるのはレスポンスを上げる一要素です。今回はタイヤの通る軌道と重心の軌道のズレの観点から話しましたが、バネレートを上げても車高を下げたり足廻りをいじることで、ステアリング操作に対してタイヤの通る軌道自体がレスポンスが悪い方向に行く事もあります。)
さて、そこでこんな疑問が出てきませんか??
「逆に市販車は、なぜわざわざ柔らかいバネで大きくロールをさせて、レスポンスを悪くしているのだろう??」、と。
もちろん、公道を走る上ではあまりバネが硬いと凹凸などで跳ねてしまうし、乗り心地も悪いでしょう。
よって、路面追従性や乗り心地を考えると、柔らかめのバネにする必要が有りそうですね。
それでは、路面が完全にフラットなサーキットの様な道ならば、硬くしてもデメリットはないのでしょうか??
そうとも限りませんね。 理由は色々有るでしょうが、今回の話と関係ある所で言うと、
「バネを柔らかくしたほうが、ドライバーの雑な操作に対して車の動きが寛容になる」、と言う理由が有ります。
例えばこんな経験はないでしょうか??
ボディー補強をガチガチにして、ダンパーの減衰力を一番強くしたりして足廻りをカチカチに硬めて、ブッシュもピロにしてタイヤの空気圧も高めにして、つまりすべての場所が殆ど動かなくした車をノーマルの車の感覚で運転したら、ちょっとタイヤが冷えていただけで簡単にスピンしてしまった、みたいな…。
(ちなみに、カートは正にこんな動きをします)
この理由は、上の図を見ると分かると思います。
どこも動かなければ、
図1の様にタイヤの通る軌道をと重心の軌道は同じになりますね。
そこで、このスピードでは曲がれない小さなRとなるようなハンドルの切り方をしたら、重心には即座に耐え切れない遠心力が掛かって、すぐさまタイヤは滑り出すことになりますね。
つまり、ドライバーの入力に対して非常にシビアな車になってしまいます。
ところが逆に柔らかいバネなど動く部分が多く、重心の移動が大きく起きる車ならば、
図2の様に重心は、ロールしきって本来曲がれないRになるまでの間は、それより大きいRの円を描くことになりますね。
つまり大きいRから、タイヤが通る小さなRの軌道に収束されるまでの間、つまりロールしている間の、
「過渡期」が有るわけです。 簡単に言うと、Rが徐々に小さくなっていくわけですね。
この過渡期が唐突に遠心力が掛かるのを避け、滑り出しをマイルドにし、ドライバーにゆっくりと限界を超えるインフォーメーションを与えてくれます。
よってドライバーのスキルがマチマチの市販車ではバネを柔らかくして、このように安全に運転出来るようにする事も目的としているのでしょう。
それに、ドライバーのスキルが高くてもクイックで遊びの少ない車は常に緊張感を伴うため、運転していて疲れますからね。
ちなみにバネが柔らかくても、底付きすると動きがクイックになるはずです。 これは、ピーキーとも言いますね。
その理由も同じですね。 底付きすると、タイヤの通るRと重心の通るRが急に一致しますから、急に遠心力が増し、上記の理由でピーキーになりそうですね。
この説明は、
底付きすると、なぜピーキーになるのか?に書いたものとは別のアプローチの説明ですね。
と、この様に、ロール剛性とか荷重移動といった言葉とアプローチを使わなくても、今回の話は非常に簡単に説明できますね。
図2を使うことで、足廻りのセッティングをどうしたらどうなるかとか、運転をどうしたらどうなるかとか、色々と考えられると思います。
例えばダンパーの減衰力のセッティングとか、ハンドルの舵角をどうするかとか、色々と考えてみて下さいね。
(上記の「過渡期」はダンパーの減衰力を使っても調整できそうですね。)
続く…。
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