曲げるためのスバルのアプローチ
さて、第二世代のスカイラインR32GT-Rの登場から遅れること数年後、WRCの舞台で熾烈に戦っていた三菱自動車とスバルから、ランエボことランサーエボリューションと、インプレッサWRX
STIが四輪駆動車として登場しました。
(WRCとは世界ラリー選手権のことです。 ラリーはサーキットではなく公道で、市販車ベースの車でタイムを競う競技です。ステージは舗装路、未舗装路、雪道などありとあらゆる路面があります。 よって車も走る場所も、より我々一般ドライバーに近いと言えるでしょう)
この二台は発売以来ずっと変わらずに
フルタイム四輪駆動ですね。 つまり、両車ともにセンターデフを持ちます。
前半に書いた通りランエボYまでのランエボと、STI以外のインプレッサやレガシーは、全てビスカスカップリングによるセンターデフ、つまりビスカスデフです。
ビスカスデフというのは、効き味がマイルドなLSDでしたね? 正確に言うなら、ビスカスデフは
「前後のタイヤの回転差をある程度許容するデフ」なのです。 まあこれは、二駆のビスカスLSDと同じですね。
よってビスカスのセンターデフを持つ車は、センターデフが直結の車のような強烈なタイトコーナーブレーキング現象は起きません。 ですが前輪と後輪の回転差が大きい時などには、
マイルドなタイトコーナーブレーキング現象が出ることになるのです。
つまり後輪がホイールスピンする程強烈な加速をする時以外には完全にFRになっているGT-Rとは違い、常に前後輪の回転数がセンターデフにより連結されているランエボやインプレッサは、
基本的に曲がりにくい特性を持っているといえるでしょう。
マイルドな効きと言っても、基本的に上記の直結デフのような特性を持っているわけですからね。
もちろんセンターデフの効きを思いっきり落とせば曲がりやすくなるでしょうが、そうするとそもそもの四駆の売りであるトラクションや直進安定性が落ちてしまいますからね。 ココらへんは痛し痒しでしょう。
実際に運転をしてみると、ビスカスデフを持つ四駆はGT-Rとは大分違ったフィーリングでした。
確かにGT-Rと比べると四駆らしい乗り味で、若干の曲がりにくさを感じましたかね。
ただ必ずしもGT-Rより全面的に劣っているというわけではなく、
トラクションは抜群だし安定感も抜群で運転していてとても楽でした。
また電子制御を使わないビスカスデフは運転中に挙動が唐突に変わることがなく乗り味がとてもナチュラルで、先見性が高くコントロールしやすいと思いました。
もちろん車種による乗り味の違いが大きいのですが、ビスカス式のセンターデフの車というのは、何か共通の乗り味を感じます。 これは恐らく
上記のヨーを戻す現象が、常にマイルドに起きているためだと思います。 これはサスペンションなどのセッティングを超えた、ビスカスデフ特有のものでしょう。
もちろんこのヨーを戻す現象や、タイトコーナーブレーキング現象を消す運転の仕方というのが有るのですが、運転編の前にまずは機械的な仕組みについて詳しく考えてみましょうか。
第一世代、第二世代のランエボがずっとビスカスセンターデフを採用していたのに対し、インプレッサSTIは確かバージョンVから、センターデフを電磁クラッチ式に変更しました。
(インプレッサはランエボと違い、同世代に色々なバージョンがあってセンターデフの構造も色々でしたので、全てではありません。 全部を調べるのは面倒いので象徴的なモデルについてのみ書きますね)
この電磁クラッチ式というのはビスカス式とは違い、金属の板を押し付けた摩擦力を使う、いわゆる機械式のLSDを電磁石で押し付けるものです。 よって電気の力でLSDの効きを変えることが出来るものなんです。
(この時期までは、スバルの方が三菱よりもセンターデフの技術が先行していたんですね)
ただこれを「電子制御」と書かないのは、コンピューターが自動的にセンターデフの拘束力を変えるのではなく、人間がダイアルを回して手動で変えるものだったからです。 というかGRBやGVB、現行モデルでもインプレッサ(スバルWRX)には手動モードというのは確かありますよね?
私がはじめて運転をしたインプレッサSTI(GC8VerW)はこれを搭載しているモデルでした。
センターデフのモードはフリー近い、つまり拘束力が緩い所からロックに近い、つまり拘束力が強い所まで連続的に変えることが出来ました。
ではインプレッサはなぜそんなものを、高いお金を掛けて導入したのでしょうか? もうわかりますね?
これはスバルが出した、日産のGT-Rとは違う答えなのでしょう。
GT-Rが完全なFRと四駆を切り替えるのに対し、フルタイム四駆のインプレッサはセンターデフの拘束力を状況に応じてドライバーが変えることにより、回頭性、つまり曲がりやすさとトラクションを両立しようとしたのです。
例えばドライのサーキットのような高ミュー路を走るときには、トラクションよりも回頭性が重要となるのでセンターデフはフリーに近くし、ウェット路面、ダート道、雪道と低
μになっていくに従いセンターデフをロックに近くしていく、というものです。
時々このDCCDを「前後の駆動力配分を変えるもの」と書いている説明を見ますが、違いますからね。
駆動力配分は常に同じです。
DCCDは
センターデフの拘束力を変えるものです。
(ランエボの前後駆動力配分がずっと50:50なのに対し、インプレッサはモデルごとに変わっています。 初期の頃は後輪の配分が大きめの傾向で、新しくなるに従って前輪の配分を大きめにしていました)
DCCDをフリーにすればFRっぽくなってVerVの様に逆ハンドルを当てたドリフトだって出来るモデルも有ります。
その代わりにトラクションは下がりますし、オーバーステアが出たりスピンも結構簡単にしてしまいます。
これではウェット路面や雪道ではあまり四駆の恩恵を得られませんね。
逆にセンターデフをロックにすると、低
μ 路での走行は最高ですが、ドライのアスファルト路面だと車庫入れするのも大変です。
特にGC8の頃はタイトコーナーブレーキング現象により、センターデフ付近からバキバキと壊れそうな音がしましたから。
曲がる曲がらない以前に駆動系が本当に壊れることがあったので、慌ててセンターデフをフリーに戻したものです。
もちろん、舗装路でFRの様なドリフトなんて論外です。
さて、そんな凄いセンターデフを持つスバルのインプレッサでしたが、ビスカスデフしか持たないランエボや一部のインプレッサでも、極端に回頭性を上げるパーツが出ていました。それが
先述の、
“ターマックギア”です。
これは言ってみれば、センターデフをオープンデフにしてしまう部品です。 つまり前後の回転差を一切制限しないようにするパーツですね。 これをセンターデフに置き換えてしまうのです。
すると当然ながら回頭性が非常に上がり、FRの様なドリフトも出来ちゃうのです。 このパーツは主に回頭性を重視するジムカーナなんかで使われていたようですね。
これは例えるならば、電子制御を無くしたGT-Rの四駆状態と同じとも言えるでしょうね。 つまりセンターデフ(LSD)を持たない四駆です。
さて、、、もう四駆でFRの様なドリフトが出来る車と出来ない車の構造的な違いがわかりましたね?
GT-Rにしろ、DCCDを持つインプレッサSTIにしろ、ターマックギアを入れた四輪駆動車にしろ、センターデフが回転差を制限しないようになっていると、回頭性が上がるしドリフトだって出来るわけです。
逆にセンターデフの効きを強めると、曲がりにくい、トラクションが高い、直進安定性が良いなどといった、いかにも四駆らしい特徴を持つ車になるわけですね。
センターデフの効きを変えることで、ここまで車の挙動は大きく変わってしまうのです。
一番始めに、
「四輪駆動車は曲がりにくい、安定していてスピンしにくい、トラクションが高い、はたまたカウンター(逆ハンドル)を当てたドリフトは出来ない、などなどといった特徴は、全て四輪が駆動しているからではないんです」
と書いた理由がわかりましたか??
これも始めの方に書いた、
「そして重要な事は、二輪駆動車においてもデフの設定によって車の挙動を変えることが出来ますが、四輪駆動車のセンターデフが車の挙動を変える程度は、二駆とは比較にならないほど大きいのです。よって四輪駆動車では前後のデフよりも、センターデフのセッティングが一番重要だと私は考えています。」
の理由なんです。
「四輪駆動車の挙動を決めるのはセンターデフである」と言っても過言ではないほどに、センターデフが与える影響は大きいわけですね。
センターデフの設定によって、四駆の特性は旋回を重視したFRっぽくもできるし、逆に安定性を重視した曲がらないようにもできるし、いくらでも変えることが出来るのです。
続く……
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