短く止めるブレーキングを考える(後編)


さて、続きです。 (2012.10.19 加筆)

今回は、16インチのタイヤを例とします。サイズは、225/50/16でまあ、初期型S2000のタイヤなんですが…。
たまたま、重量を測ったことが有ると言うのが例にした理由です。
ちなみに、大体このサイズだと、ホイールはアルミ製で大体10Kg、タイヤもラジアルだと同じく大体10Kg程度です。
今回は、この値をサンプルとして使用してみましょう。

今回の計算では、計算の簡略化のために、タイヤとホイールの全ての質量は、外径と同じ距離の、一番外に有る事にします。実際に、前編に書いた通り殆どの重量は外の方に有りますから、まあそれほどおかしな近似でもないでしょう。


さて、まず始めに、タイヤとホイールの回転エネルギーだけを考え、路面から受ける力を無視するために、車をリフトアップしていると仮定しましょうか。
つまり、空中でタイヤが空転している状態です。 2駆だと2輪しか回らないので、4駆の車と定義しましょう。
要するに、純粋にタイヤとホイールの回転を止めるために必要なエネルギーと、ブレーキ踏力を考えるわけです。

そうすると、回転エネルギーは1/2Iω2でしたね?
また加速度aで、t秒間に進む距離は、1/2at2なので、回転している状態から、減速して回転数が0になるまでにパッドの中を ローターが通る距離は1/2at2ですね。


それでは、タイヤとホイールの質量をm、タイヤの回転数をω、タイヤの接地面が回転する速さ (空転状態でのメーターの車速)をv、タイヤの接地面の減速加速度をa、ロックさせるのに掛ける時間をt、タイヤの半径をr1、ローターの半径をr2として、左辺をローターが奪うエネルギー、右辺をタイヤとホイールが奪われる回転エネルギー 、ローターとブレーキパッドの摩擦力をFとして式を書いてみると、

・・・式1

となりますね。

ただし、キャリパーは4つ有ってもブレーキペダルは一つしかないため、ブレーキ踏力は4つに分配されるので一つのキャリパー当たりに伝わる力は1/4になりますね。
よって、実際に必要なブレーキ踏力(厳密にはキャリパーを押す力の合計)は式14倍となるため、



となりますね。

これよりスピードメータの(空転状態での)速度と、それを1秒で止める、つまり完全にロックさせるためのブレーキ踏力の関係をグラフにすると、以下の様になります。
ただし、ブレーキパッドのμ1とし、k=1(タイヤ径とローター径が同じ)とします。
摩擦の物理より、ローターとブレーキパッドの摩擦力は、パッドの摩擦係数μ × キャリパーの挟む力 ですね。

 

図4 タイヤの回転速度と、1秒でロックさせるためのブレーキ踏力の関係

ちなみに、1秒でロックさせるので、t=1ですね。 当然、これよりも長時間でロックさせるのならば、踏力は小さくなります。

グラフより分かるように、当たり前ですが、同じ時間で回転を止めるためには、回転速度が上がるほと強いブレーキ踏力が必要となります。
例えば、180Km/h時には、4000[N]=408[Kgf] とかなり強い力が必要ですね。
しかし、80Km/h時には、大体1800[N]=183[Kgf] と半分以下の力となりますね。

それにしても、リフトアップして空転しているのに結構強い踏力が必要ですねぇ。
ブレーキ踏力と書いていますが、上記の通り、これは実際のブレーキペダルを踏む力ではなく、キャリパーがローターを押し付けて発生する摩擦力の合計の事です。
この力は、ブレーキパッドのμ(今回は1としたが、通常は0.6以下程度)で変わるし、ブレーキ系には普通はマスターバックなどの、制動倍力装置が付いているので、それらにより実際のブレーキペダルを踏む力は変化します。

そして必要な踏力は、上式より、タイヤとホイールの質量と回転速度に比例し、ローターの半径と、止めるまでの時間に反比例する訳ですね。

つまりブレーキは、車の運動エネルギーを奪う前に、タイヤとホイールの回転エネルギーを奪わなければならない訳です。

さて、次に車を路面に下ろしてみましょう。
そこで、図1をもう一度考えてみると、当然、時間とともに速度は落ちて行きますねぇ。

図1 時間とブレーキ踏力の図

次に 図4を考慮すると、始めに書いた見慣れた図1とは違う図が出来てきますね。
ブレーキング中にタイヤが全く滑っておらず、タイヤの回転が完全に止まるのをロックとするならば、こんなイメージでしょうか。

図5 実際の時間とブレーキ踏力の図

つまり、ロックさせないためには、ブレーキ踏力は初期が一番強く、徐々に落としていかないといけない事になりますね。
経験上もこうなりますよね?

さて、次に車を路面に下ろしてみて、タイヤと路面の状態を考えると、ブレーキはタイヤの回転を止めようとし、路面はタイヤの回転を続けさせようとします。
この力の差が大きくなって、タイヤの摩擦力が耐えられなくなった時に、タイヤが滑る、つまりロックする訳です。
ところが、ブレーキロックには2種類あるに書いた通り、タイヤは完全に止まってロックしているか、完全にグリップして転がっているかのどちらかではありません。
「ハーフロック」の状態が有る訳です。
今回の計算は、そのハーフロックを前提としたものです。

このハーフロックのどの状態が一番減速Gが強いのかは、タイヤや路面によって変わると思いますが、そのデータはすべての条件にて実験してデータを取らなければ恐らく分かりません。 もちろん私は、そんなデータは持っていません。
ただ私の経験上、速度を問わず、タイヤが完全に止まってさえいなければ、タイヤの回転数が小さければ小さい程、強い減速Gを発生出来るのではないかと考えています。

また仮に、1%タイヤが滑っている時が最もμが大きくなり、大きな減速Gが出せると判ったとしても、一撃で1%だけ滑るハーフロックのブレーキを踏めて、かつその1%を維持するのは人間には不可能でしょう。
よって始めに強めの踏力で踏んで、大きめに滑らせたハーフロック状態を作ってそこから緩めていくのが、最もロスが少なく現実的だと思います。


ただ 図5より、タイヤの回転速度が落ちると弱い力でフルロックしてしまうため、初期に一撃でタイヤの回転が止まらないギリギリのハーフロック状態まで回転を落としてしまうと、その後もフルロックさせずにハーフロックを維持するためにはかなりブレーキを抜いていく必要があるでしょう。
そうなると最短で止めるブレーキングは実際には、図5よりも更にロックの境界線は傾く事になる可能性がありますね。

また低速域からのフルブレーキは、高速域からのフルブレーキよりも弱い踏力でフルロックすることも図5から判りますね。
(ちなみにロックしている、もしくはロックギリギリの時に路面がタイヤを回そうとする力は、タイヤと路面の間のμ(摩擦力)のみで決まるため車速は関係ありません。 同じブレーキ踏力でも高速域でフルロックしにくいのは、純粋に式1に書いたタイヤ、ホイールなどの回転物の回転エネルギーが大きく止まりにくいからです。)


図5はかなり強調して書いたつもりですが、実際の最適なブレーキングにおいて、図5は決して大袈裟ではなく、一つの答えだと思います。 よってこのラインをイメージしてブレーキを踏んでみると、上達が早くなると思います。
まあ実際の車はピッチングしたり、ブレーキバランスが前寄りだったりするので、実は私の考える、図5のイメージよりも最適なブレーキングが有るのですが、それはドラテク編にでも書く予定です。

ただ今回の答えより確実に言える事は、短く止めるためのブレーキングにおいて、ブレーキペダルの「踏み増しは厳禁」だという事です。
厳禁と言うよりも、そのような状態になるブレーキングは明らかな失敗です。
ブレーキングは、初期が一番強く、その後に緩めて行く方向でなくてはなりません。
今回の答えが、それを理論的に証明していますね。

もちろん、現実の世界ではブレーキのμはローターの温度によって変化するし、フェードする事もあります。
ブレーキを踏んでいる途中でフェード気味になってくれば、当然踏み増しを行う必要もあるでしょう。
ただあくまで基本は、図5のイメージですかね。

ブレーキパッドと言えば、初期制動が強い物や、初期は弱めで奥で効く物など、色んな特性を持ったものが有りますね。
私は個人的には、初期から強く効くパッドが好きなのですが、その理由は同じ踏力でブレーキペダルを踏んでも、自動的に図5の様にペダルを踏んだようになってくれる(その様にしやすい)からです。

プロドライバーなどでも良く、「初期の効きが強い物はコントロールしにくい」と言っているを聞きますが、初期の強さとコントロール性の悪さは関係ありません。
コントロール性の悪いブレーキというのは、ブレーキペダルの踏力に対して、制動力が予測しにくい物の事です。

例えば、1割強く踏めば、制動力も1割強くなればコントロールしやすいですが、1割強く踏んだら2割強い制動力が出てしまったり、もしくは殆ど制動力が変わらない物は、コントロールしにくいですよね?
更にその特性が、スピードレンジや踏力のレベル、ローターの温度によって変わってしまう物は、なおさら予測しにくく、コントロールしにくくなります。

また、初期は弱く、強く踏むと効くブレーキがコントロールしやすいという話も良く聞きますが、強い力でブレーキペダルを踏んで、ロックするまで踏み足すというのは、その探っている状態が0.1秒であれ、0.05秒であれ、タイムロス以外の何物でも有りません。
これは、技術が未熟な人の意見だと私は思っています(特に、踏力を緩める技術)。
実際に、私の知る運転の上手い人はみな、初期が強いブレーキパッドで、初期からガツンとロックすれすれに効かせ、大きな制動Gを出していました。
初期に短時間でタイヤをロックすれすれまで持って行ければ、車がピッチングを始める前に4輪で制動力を作る事が出来るので、計り知れないメリットが有ります。

まあ技術的な話はまたどこかに書くとして、最近は初期が強いブレーキパッドが流行りの様ですが、図5を見る限り理にかなっているように思います。

もちろんパッドの性能に頼ってしまって、基本である図5の踏力イメージを理解していない、もしくは理解していても初期を強く踏んで、踏力を緩める技術が無いのはダメですが、理論を理解して技術も持っていれば、初期が強いブレーキパッドは、きっとそれを助ける強い武器になるでしょう。

以上

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