4輪が沈むブレーキは可能なのか?


さて、次に少し実用的なブレーキングについて考えてみましょう。

ブレーキのセッティングとして最近良く聞くのが、「4輪を沈めるブレーキ」って奴ですね。
これは良く、「前のめりになって前輪だけに多く負荷をかけて止めるのではなく、4輪を全部使って効率良く止めるため」、などと説明されていますね。
うーむ。パッと聞くと、感覚的には最もそうなこの話について、今回ちょっと考えてみましょう。

まず始めに、物理的に明確な事を書いておきますね。
車というのは、車重が有りますね。これは質量と言われる固有の物理量で、地球はもちろん、他の星に行っても変わる事はありません。
まあ、難しい話はやめて簡単に言うと、車の重さは常に一定で変わらないということです。
そして車のサスペンションのバネを縮めたり、タイヤに荷重をかけるのは、この車の質量(車重)に掛かる重力の力です。 まあ、当たり前ですね。
よって、車重が変わらなければ、当然車のトータルの荷重も変わりませんね。

ちなみに前提として、説明を簡単にするために、車は平地にあるものとし、空力によるリフトやダウンフォースは無視します。
平地でなく、テストコースのようなバンクが有る道を走ったり、ダウンフォースを掛ければ当然その力でもバネは縮みます。

今回は、1200Kg の車を例に考えてみましょう。
(よく1200Kgの車が出てくるなーって思うかもしれませんが、理由はスポーツカーの最適な車重だからというわけではなく(笑)、単にタイヤの本数である4で割り切れるからです。それ以上の意味は何も有りません。)

次に、サスペンションのバネレートは、5Kg/mm のバネとしましょうか。
つまり、1mmバネを縮めるのに、5Kgf の力が必要なバネです。
計算を簡単にするため、サスペンションのレバー比は1とし、バネレートがそのまま車を支えているとします。まあ、ストラット式のサスペンションだと思ってください。
また、説明を分かりやすくするために、車の前後重量配分は50:50とします。

バネはタイヤごとに4つあるので、この場合、全部のバネを1mm沈めるのには、5×4=20Kg の車重が必要な訳ですね。
逆に、1200Kg の車重ならバネは1Gで、
1200 / 20 = 60
なので、60mm 沈むことになりますね。

つまり、停車時や定速走行時など、前後方向のGが掛かってない時には、4輪が60mm 沈んでいる事になります。
簡単ですね。

さて、ここで早速ブレーキを踏んでみましょうか。
ブレーキを踏めば、減速Gが発生し、ピッチングして、ノーズダイブしますよね?
簡単に言うと、前輪が沈む訳です。
ちょっと図を書いてみましょうか。図1みたいな感じです。

図1

どれだけ前輪が縮むかは、重心高やタイヤのグリップなど色々な条件によって変わりますが、仮に今回は1Gの状態から20mm縮むとしましょう。
そうすると、1Gで60mmなので、更に20mm沈んだらフロントはトータルで80mm縮みますね。
よって、フロントタイヤに乗っている車の荷重は、
80mm × 5Kg/mm × 2輪 = 800Kg
ですね。

つまり、荷重が移動してフロントタイヤに800Kgの荷重が掛かり、リアには残りの400Kgの荷重しか掛かっていない事になりますね。
400Kgということは、、、リアのバネは、
400Kg ÷(5Kg/mm × 2輪) = 40mm
なので、40mm縮んでいることになりますね。1Gで60mmだったので、定速時より20mm伸びる事になります。

フロントに800Kg、リアに400Kgの荷重。
これが、良くフロントタイヤだけでブレーキを掛けていると言われる理由でしょう。
確かにこれは好ましくなく、タイヤを太くすると何故グリップが上がるのかに書いた通り、荷重がフロントタイヤの非線形領域に入れば、当然グリップの効率は悪くなります。つまり、ブレーキの限界も低くなりますね。


でわ、次に4輪を沈めるブレーキとはどんな物でしょう。
例えば、フロントを20mm縮めて、リアも同じく20mm縮めると言う事でしょうか?
ちょっとこれも図を書いてみます。図2の様な感じですね。

図2

さて、普通はここでおかしいと思うはずですが、一応計算してみましょうか。

フロントに掛かる荷重は、
80mm × 5Kg/mm × 2輪 = 800Kg
リアに掛かる荷重も同じくして、
80mm × 5Kg/mm × 2輪 = 800Kg

前後の荷重を合わせると、800Kg+800Kg=1600Kg ですね。
あれ?車重が400Kg も増えちゃいましたね!!ブレーキを踏んだときだけ、空から車重が降ってくるんでしょうか?

平地を走っている限り、荷重は車重のみで決まり、そして車重は当たり前だけど常に一定でしたよね?
よって、こんな事は物理的にあり得ません。
荷重はあくまで「移動」であって、「増減」ではないのです。
だから、「荷重移動」と言うわけです。

よって、4輪が沈むブレーキなんてものは、存在しませんね。
存在しないと言う事は、そのようなセッティングは、やろうと思っても不可能だと言う事です。

今回は、フロントとリアの縮む量を同じにしましたが、フロントが多めでリアが少なめでも、4つのバネが1Gの時よりも全部縮む方向へ行くことは、有り得ませんね。
時々、「飛行機のように4輪を沈める」と言う例えも聞きますが、車重と荷重とグリップの関係に書いたように、飛行機は翼でダウンフォースを掛けて、タイヤに荷重を掛けているのです。

車でもしも4輪沈むブレーキが出来るとしたら、ブレーキを踏んだ瞬間だけ、GTウィングがズバッと飛び出て来てダウンフォースを後ろにかける、といったものでしょうか。
もちろん、そんな車は存在しませんね。

しかしながら驚くことに、「4輪を沈めるブレーキ」というのは、意外と“そこそこ”のプロの人が言っていたり、“そこそこ”の自動車雑誌のドラテク記事にも書いてあることが有ります。まあ、イメージで言っているのかもしれませんが、少なくとも正確ではありません。
もしかしたら、言葉通りに受け止める人がいるかもしれません。
自動車と物理に書いたことは、こんなことも理由の一つです。


この話は、自分で物理的に物事を考える力が、いかに必要かが判る例ですね。

しかし実際に、4つのタイヤを効率的に使うブレーキのセッティングというのは存在しますし、その方がブレーキは良く止まります。
それでは次回から、ブレーキについてゆっくり書いていく予定です。
 

以上

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