最適解へのアプローチ(序論)


さて、この項もそろそろもうワンステップ上に行きます。
今回は久しぶりにタイヤの話を中心にしてみましょう。

今までに、「車と外界とを唯一、物理的に繋ぐのものはタイヤである」と言うフレーズは何度も書いてきましたね。
それでは路面とタイヤは、一体どんな力によって繋がっているのでしょうか??
すぐに分かるかな??

それは、「摩擦力」です。
路面とタイヤの間に摩擦が有るからこそ、その摩擦力によって、加速したり減速したり、曲がったりすることが出来るわけです。
これは逆に言えば、どんなメカを搭載しても、車に摩擦力を超える力を与えることは不可能だということです。
例えば、ツルツルの氷の上では摩擦力が小さいため、舗装路と比べて小さな加速Gや減速Gしか与えることができないわけですね。

まあ多くの人はこれは理解していると思います。
それではそれを踏まえて一つ出題です。
タイヤの摩擦係数μが、タイヤと路面間の平均値0.9だとすると、そのタイヤを履いた車の出せる最大G(加速度)はいくつでしょう?
ただし、平地を走る際で、今回も空力は無視します。
また、ここでは今までに書いた、タイヤの縦と横グリップの違いや、滑ると摩擦係数が上がる話や、荷重に対する摩擦係数の非線形性の話は取り敢えず無視するとしましょう。
つまり、常に摩擦係数は0.9だとしたら、ですね。

ちなみに答えはとても覚えやすいシンプルなものなので、これが分からない人は恐らく計算をしたことが無いのでしょう。
出題されてすぐに分かった人は、優秀ですね。 恐らくこれまでの項を、暗記でなく物理的に理解して、自分で計算できる所まで成長しているのでしょう。

答えはとっても簡単です。
タイヤの摩擦係数が0.9ならば、この車にはいかなる時も 0.9[G]以上の加速度は与えられません。
つまり、加速Gも減速Gも横Gも、もちろんそれらが組み合わさったGも、全て0.9以下となります。
今回は摩擦係数を0.9としましたが、摩擦係数がμだとすると、その車の出せる最大Gはμ[G]となります。

どうしてそうなるかは分かりますか??
タイヤの摩擦係数がμ、車重がmだとすると、その車が出せる最大の摩擦力は、
F = μmg
でしたね?

これがタイヤが車に与えられる、最大の力です。
力の定義は、質量掛ける加速度でしたね? つまり、車の加速度をaとすると、
ma =μmg

両辺をmで割れば、
a =μg

g
は重力加速度で 9.8[m/s2]
1[G] = 9.8[m/s
2] なので、[G] 表記にすると、
a = μ[G]

とまあ、とても簡単です。

つまり、タイヤの摩擦係数が決まった時点で、どんなにハイパワーなエンジンを積もうとも、LSDを入れようとも、4輪駆動にしようとも、サスペンションを変えようとも、タイヤを太くしようとも、車重を軽くしようとも、車に与えられる最大の加速度は、μ[G]以下に決まってしまうわけです。
(もちろん、現実の世界では上記の「荷重に対する摩擦係数の非線形性」の話などが関わってくるため、軽量化したりタイヤを太くするとμが変わりますが、ここではまず原理的なことを理解するために、高校物理で習う通りのμが一定のシンプルなモデルとします)

つまり、「車と路面は0.9[G]以内の加速度で繋がっている」と考えれば、イメージしやすいでしょう。
(摩擦円の話はこのページにも書きましたが、円の大きさ(半径)がグリップ力、つまり力だとすると具体的に半径がいくつなのか、ちょっとイメージが湧きにくいですね。 そこで、摩擦円の半径を「最大の加速度」であると考えれば、とてもシンプルでしょう。
つまり4つのタイヤの摩擦円を合わせて一つの大きな摩擦円とすると、その半径は0.9[G] であると考えると、イメージしやすいでしょう。)


さて、どうして今更こんなことを書くかというと、私がこのHPでちょいちょい言葉として出してきた、「最適解」を知るためです。

私の言う最適解とは、ある「エンジン」と、ある「タイヤ」を搭載した車で、あるコースを走る時に、最も速く走れる理論上の値のことです。
(タイヤとエンジンが決まれば、他の要素(空力以外)は関係ありません。)

この最適解とは、現実に到達することは恐らく不可能ですが、出来るだけそれに近づけることを目標とするものです。
逆に言えば、それ以上速く走ることは理論上不可能な、物理的に限界な値となります。
(これから最適解の事を、最適値、理想値と言うこともあるかも知れませんが、同じ意味です)

一つ例を上げましょう。
タイヤの摩擦係数を0.9とすると、0-400[m] 加速(いわゆるゼロヨン)で出うる、最も速いタイムは何秒でしょうか?

上記の通り、タイヤの摩擦係数が0.9ならば、この車が発生できる最大Gは0.9[G]ですね。
これはもちろん加速Gについてもそうです。 エンジンパワーが、1000馬力だろうが、1万馬力だろうがこれは変わりません。
ましてや、車重や駆動方式を変えても、この加速度の最大値は変わらず、超えることはありません。

ここで実際にゼロヨンでの加速度をa、ゴールするまでの時間をtとして計算してみると、
加速度at時間に進む距離は、1/2at2 で計算でされるので(加速度を2回時間で積分すると距離になりますね)、

400 = 1/2at2
a = 0.9[G] = 0.9×9.8[m/s2] より、
400 = 1/2×0.9×9.8×t2
t = √400×2/(0.9×9.8) ≒ 9.52[s]

よって、9.52秒が最適値となりますね。
つまり摩擦係数が0.9のタイヤを搭載した時点で、ゼロヨンの最速タイムは9.52秒であって、これ以上の速いタイムは出ないことになります。
もちろんこれは、理論的な最適値なので、スタートからゴールまで常にホイールスピンすれすれのパワーを与え続けなければなりません。 よって実際には、相当なハイパワーエンジンを積む必要があるでしょう。

スピードが上がるほど、同じ加速度で加速するには大きなパワーが必要な話は前に書きましたね??
よって、0.9[G]の加速Gを維持するには、スピードが一番速いゴール地点が一番大きなパワーが必要となります。
ちなみに車重が1000Kg の車として計算すると、ゴール地点では約1033.85馬力程度のパワーが必要となります。
( 1000×0.9×9.8×0.9×9.8×9.52×0.001396≒1033.85[ps] )

また、減速Gも同様ですね。
つまりタイヤの摩擦係数が決まった時点で、最大の減速Gも決まります。
これは、ブレーキを強化しようが、車重を軽量化しようが変わりません。
どうやっても 0.9[G]以下の減速Gしか発生できないため、制動距離も制動時間もこの値から計算されるもの以下に、決まることになります。


それでは次に最大のコーナリング速度について考えてみましょうか。
コーナーのR(半径)と最大の横Gが決まれば、曲がれる最大の速度が決まりますね?
遠心力は、F = mv2/r でしたね?

これがタイヤの摩擦力と釣り合うには、
mv2/r = μmg
ですね。

これを、vについて解くと、
v=√μ g r
となります。

例えば、これもタイヤの摩擦係数が0.9として、仮にコーナーのR30Rとすると、
v = 58.56 [Km/h]

となります。 (摩擦円の理論より、これは当然前後方向の加速度、つまり加減速が存在してはいけません。)
よってこれ以上速く曲がることは、重心をいかに下げようが、足廻りのセッティングをいかにしようが、もちろんパワーを上げようが、不可能なわけですね。

つまり、Rが決まればそのコーナーに入る前に減速しなければいけない速度の「上限」も決まるわけです。
これが、「曲がれる速度まで減速する」と言われる最も基礎の部分です。

これらより、加速も、減速も、コーナリングも全ての最適値は「タイヤの摩擦係数だけ」で決まるという事になります。
車の動きというのは、加速、減速、コーナリング、或いはそれらが組み合わさったものでしかありません。
つまりあるコースを走る時の最適値も上記を組み合わせたものとなるため、タイヤの摩擦係数だけで決まるということですね。

これはエンジンパワーが無限にあっても、他のメカをどう作ってもどうにも超えられない、タイヤの摩擦係数で決まる限界値です。

ただもちろん加速時に0.9[G]を出すためには相当なパワーがいるし、上記のゼロヨンの例のように 1000Kgの車で1034馬力を発生しても400mを超えればパワーが足りません。
つまり直線の加速時は、0.9[G]を出し続けるのは普通の車ではほぼ不可能でしょう。
よって加速においては、普通の車ではタイヤの最適値の前に、エンジンの性能が先に限界を迎えるはずです。
必要なエンジンパワーは車重にも依存しますが、 どんなにハイパワーな車でも、スピードが上がればエンジンの限界値が先に来るでしょう。

そこで次に、唯一の原動機、「エンジンの性能」がタイヤと共に最も基礎的な所で、車の性能を決めている事が分かると思います。

今までに何度も書いたフレーズ、
「車の性能を出す」ということは、外界と車とを唯一、物理的に繋げている「タイヤ」の性能と、唯一の原動機である「エンジン」の性能をいかに出すかということで、それ以上でも以下でもありません。複雑で多くの車の部品が、単純な物事を解りにくくしているだけです。

というのは、こういう前提に基づいて書いたものです。 今回の説明で言わんとしていることが分かりましたでしょうか??

この様に(車重が決まった)車の性能には、セッティングやテクニックや根性ではどうにもならない、タイヤの摩擦係数とエンジンのパワー”のみ”で決まる「物理的な限界」があるってことです。

これから書く話は、主にここで言う物理的な「最適解」にいかに近づけるかをテーマにしたものとなります。


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