タイヤを太くすると、何故グリップの線形領域が増えるのか その1


 
久しぶりのタイヤの話ですね。
今回は、タイヤを太くすると何故グリップが上がるのか?の記事への追記のようなお話です。
この記事はもう10年近く前に書いたもので、最もアクセスの多い記事の一つですかね。

タイヤの太さと言えば、昨今のスポーツカーのタイヤサイズの大きさには驚くばかりですよね。
今では18インチでも普通と感じるほどで、19インチや20インチといった自転車のタイヤか?と思うようなサイズのスポーツカーも多く存在しています。
また、その太さも 現行ポルシェ911ターボ(991)試乗記に書いた通り、305なんてサイズも有りますから、昔と比べると事情は大分変わってきているのかもしれません。
 
そこで今回は、タイヤを太くすると何故グリップが上がるのか?の記事に書いた現象が起きる理由について少し考えてみましょう。 最近の車のタイヤが巨大化している理由もきっと見えてくるはずです。
 
さて、始めに”タイヤの太さと接地面積の関係”について少し触れておきます。
アンケートなどでも時々頂くのですが、”タイヤの幅がいくら太くなっても接地面積の形が変わるだけで、面積自体は大きくはならない”という話が有るようです。
もちろん外径を変えれば接地面積も確実に大きくなるはずですが、同じ外径であれば太さだけを変えても接地面積は変わらない、という話は結構有るようですね。

これについては私は実験環境を持っていないためよく判りませんので、また改めて考えていきたいと思います。
接地面積を正確に測るというのは、かなり難しそうですからね。
(ちなみに私の予想では、高荷重を掛けた時には太いタイヤの方が接地面積がより広がるのではないか?と考えています。 例えばロックに近い急制動時の前輪や、旋回時の外輪など)
 
よって今回は「タイヤの太さ」と書きましたが、実際には太さだけでなく外径を含めて「タイヤの接地面積を増やすと、どうしてグリップの線形領域が増えるのか」、という内容になりますので、その辺りは了承ください。
またタイヤのコンストラクション(内部構造)の話は難しいので無視します。
今回書く“グリップ”とは、普通のゴムのかたまりと乾いたアスファルト間の摩擦の話であると定義しますね。
でもこのモデルだけで、実際に自動車で起きる現象をほぼ説明できると私は考えています。
 

ええと、正確に書こうとすると、どうしてもこのように前置きが長くなるのでその加減が難しいところですね(笑)。
 
さて、現在でも「タイヤの接地面積が増えてもグリップは全く変化しない」と言っている方が少数ながら居るようですね。
もちろん、荷重に対するグリップの線形領域も変化せず、グリップの特性は何も変わらないと言っている人が居るみたいです。
これは私の予想ですが、こういった意見の人は恐らくどこかで、アモントン=クーロンの法則を聞きかじったのではないかと思います。 まあ学校でも教えてるかもしれないので、聞きかじったという表現は適切ではないかな? 
(アモントン=クーロンの法則について詳しくはWikipediaをどうぞ)
 
アモントン=クーロンの第二法則は一言で言うと、
 
“摩擦力は見かけの接触面積には依存しない”
 
という経験則によるものです。

例えば机の上に消しゴムを縦に置こうが横に置こうが、消しゴムを動かす時の摩擦力は変わらないといったものですかね。
接地面積が大きくなると感覚的に摩擦力が増えそうですが、「接地面積が大きいと単位面積当たりの荷重(押し付ける力。物理学では垂直抗力と呼ぶ)が減るため、トータルでは同じになる」と言った説明が一般的でしょう。
(ちなみにこれについても、現代では諸説有るようですね。 あくまで“見かけの”接地面積が違って見えるだけで、ミクロレベルで見ると接地面積は意外と同じだなんて論文も有ります。 この論文なんか初心者向けで分かりやすいと思うので、その筋の方や興味が有る方は見てみると良いでしょう)
 
 
さて、本題に入りますが、タイヤとアスファルト路面の間の摩擦力について、アモントン=クーロンの法則を用いるのはそもそも間違いです。
いいですか? 物理学というのは確かに強力なツールですが、ツールに飲まれて本質を見失ってはいけません。
高校レベルの物理学、その中でも特に”摩擦力””バネの力学”などは、実際の現象とは大きくズレることが多々有ります。
他にも”振り子の運動方程式”もそんな例です。

何故なら高校物理の、特に力学ではとても乱暴な近似をしている事が多いからです。
よってそれを理解しないまま現実世界に持ち込むことは、時にとても危険なのです。

だって、実際に車の世界では実験結果が違いますよね? 
現実にはタイヤをサイズアップすればグリップが上がるし、バネレートは”縮み量によって変わらず一定”だと高校物理では習いますが、実際にはあるところを境に急にバネレートが上がってしまいます。そして線間密着すればバネレートは無限大でしょう。

そのバネレートを線間密着の近くまで、出来る限り一定に近づけたサスペンション用高級バネが、ハイパコであったりするわけですからね。
逆に他のメーカーのバネは、仕様通りのバネレートを出しているのはごく一部の領域だけだったりする物が結構あるのです。

高校物理ではこれらの摩擦係数やバネレートを“全て一定”として扱っています。
これは、基本的に高校物理では一般解を持たない微分方程式は扱わないことになっているため仕方がないんですけどね。
余談ですが”振り子の方程式”は最もそれがわかり易い例でしょう。なにせ、sinθ = θ という乱暴な近似をしているのですから。
よって高校物理では「振り子の周期は振幅によらずに一定」と習いますが、実際には振幅により異なります。
 
この様にサスペンションのバネやタイヤのグリップについて、高校物理をそのまま持ち込むことはとても危険なのです。
逆に、実際に部品を車に取り付けて走った結果もとても大事です。
以前にも言いましたが、私は理論だけのものは出来る限りHPに書かないようにしていて、必ず実走行で理論の確認をしています。
というよりも、そもそもそれが物理学の正しい姿なんですけどね。
理論と実験の二つが揃って、はじめて正しい物理理論なのです。

このあたりのバランス感覚は、読者の皆さんも身につけておくと、これから落とし穴に落ちにくいでしょう。

タイヤのサイズアップをしてどんなに制動距離が縮まっても、またキャンバーを付けることで外輪の接地面積が増えて旋回速度が上がっても、或いはスポーツタイヤやSタイヤがどれだけ溝を減らして接地面積を稼いでいる事実を見ても、「いや、アモントン=クーロンの法則に反するから、この結果は間違っている」などと考えていては本末転倒ですからねぇ……。
 
 
さて、また前置きの続きっぽくなってしまいましたが、今度こそ本題に入りましょう(笑)。

続く……。

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