必殺の2段ブレーキ


さて、久しぶりにブレーキの話です。
ブレーキを踏む目的は色々ありますが、今回は短く止めるためのブレーキについて考えてみましょう。

短く止めるブレーキについては、強いブレーキとジワッとしたブレーキではどちらが速いのかに詳しく書きましたので 、まずそちらを見てみて下さい。
今回は、もう少し分かりやすく、より実践的なドラテクの話をしてみます。


短く止めるブレーキングに絶対に必要な事は、まずタイヤをフルロックさせない事ですね。
タイヤがフルロックしてしまうと、タイヤの摩擦係数が一気に下がって全く止まらなくなりましたね。
ブレーキングと言うのは、タイヤがロックしないスレスレの所が一番良く止まりますが、しかしフルロックさせると止まらなくなるという、非常に難しい操作です。
そこで今回は、ブレーキペダルの踏力と、タイヤのロックと、制動距離の話をしてみましょう。

始めに出題です。
まずフルノーマルの市販車を用意します。
そして同じ車で、同じ平地の道で、同じスピードで、同じ最大ブレーキ踏力でブレーキを踏むとすると、タイヤがロックする時のブレーキペダルの踏力は常に同じでしょうか??
ABSは付いていてもいなくても同じです。

誰でも漠然とこんな事を考えた事はあるんじゃ無いでしょうか?? ちょっと考えてみて下さい。

答えから言うと、同じではありませんね。
もし同じだったら、誰でも初期から同じ踏力で、蹴っ飛ばすようにロックスレスレまでブレーキを踏めばいいだけなので、特別な技術など必要ありませんね。
強いブレーキとジワッとしたブレーキではどちらが速いのかに、強くて短いブレーキが物理的に一番速く止まると書きましたね。

しかしレーシングカーとは違い、ブレーキバランサーが付いていない市販車では、事情はもっと複雑になります。
つまり、「同じ踏力でブレーキを踏んでも、踏み方によりタイヤのロックの限界は変化する」のです。
ここら辺が、ブレーキングの面白い所ですね。
そしてどうすれば一番短く止められるかのヒントは、実は今までのブレーキの解説の中に全て書かれています。


でわ解説に行きましょうか。
まず始めに、ガツンと蹴る様にブレーキを踏んで、タイヤがロックする時の状態を詳しく考えてみましょう。
まずタイヤがロックする時には、前輪と後輪のどちらが先にロックするのでしょうか??
これはいいですね?
今までにさんざん書いてきたとおり、市販車のブレーキは必ず前輪の方が強く効き、また必ず前輪が先にロックするように作ってあります。
これは、ブレーキロック時にアンダーステア方向にするためと、ABSを正しく働かせるためでしたね。


と言う事は、、、ブレーキは必ず前輪が先にロックし、更にABSが付いている車ならば後輪がロックする事は無い訳です。
短く止めるためにはタイヤのロック限界を上げる必要がありますが、タイヤは必ず前輪が先にロックするので、前輪のロック限界を上げる事が車のロック限界を上げる事とイコールになります。
まあ、意外と簡単な答えですね?

それでは、前輪のロックの限界を上げる方法とは何でしょう??
タイヤのロックの限界を上げるには、当然タイヤのグリップ(摩擦力)を上げれば良いですね。
そして走行中にタイヤのグリップを上げる方法はただ一つ。 タイヤに掛かる荷重を増やす事でしたね?
つまり、、、前輪の荷重を増やしてやれば、前輪のロック限界が上がる=車のロック限界が上がる事になります。
そして車のロック限界が上がれば、当然強い踏力でブレーキを踏んでもロックしにくくなる訳ですね。

つまり、止めるためのフルブレーキを踏む時に、車が前輪に荷重が掛かっている状態になっていれば、前輪のロック限界が上がって強い踏力でブレーキが踏め、そうなれば後輪にも強い制動力が掛かるので、結果短く止められる事になります。
よって、同じ車で同じ平地の道で、同じスピードで走っていても、ロックするブレーキ踏力を増やす事が出来る訳ですね。


そしてその為の技術の一つとして考えたのが、私が「2段ブレーキ」と名付けた物です。

まず基本的に、フルブレーキで初期から蹴飛ばすようにガツンとペダルを踏むと、フロントのサスペンションが縮む前に、つまり前に荷重が移動する前に前輪がロックしてしまいます。
ましてや、アクセル全開からのいきなりのブレーキングの様なシーンを考えてみると、加速状態で後ろ荷重になっている所からのブレーキングなので、より一層前輪がロックしやすいでしょう。

特にABSが入っている車では、前輪がロックすると4輪ともブレーキを緩めてしまいます。
これはもったいないですねぇ…。
そこで少し考えてみると、もしも本番のフルブレーキを踏む前に、前輪に荷重を移動させてやれば前輪がロックしにくくなりそうですねぇ?

そして前輪に荷重を移動する方法はただ一つ。 ブレーキを踏む事です。
つまり、本番のフルブレーキを踏む前に、予備の「荷重を前に移動するためのブレーキ」を軽く踏んでやる訳です。
このブレーキの目的は、止める事ではありません。
あくまで、本番のブレーキングで最大限の制動力を出すための、予備のブレーキです。

とまあ、 これが2段ブレーキの正体です。 とっても簡単ですね?

それでは、ちょっと図を書いてみましょうか。

図1 普通のブレーキングのロック限界

図1は、普通にブレーキを踏んだ時のロック限界ですね。
ブレーキ踏力に対して、前輪の方が後輪よりもロック限界はかなり低くなります。
前輪がロックしても、後輪はタップリグリップを残して遊んでる訳ですね。

次に2段ブレーキです。



図2 2段ブレーキのロック限界

図2は、前荷重をかけるためのブレーキを踏んだ時の、前後のタイヤのブレーキロック限界です。
図1と比べて、前輪のロック限界が高くなり、後輪は低くなりますね。

つまり、前輪と後輪がロックする時の、ブレーキ踏力の差が小さくなる訳です。
まあ市販車はそれでもまだ、前輪が先にロックするように作ってありますが、これならば前後の両方を効率的に制動に使えそうですね。
よって当然、前荷重を作った図2の状態では、図1よりも強い力(踏力)で、ブレーキを踏んでもロックしません。
例えば、図1では10Kgのブレーキ踏力でロックしていたのが、12Kgまでロックしなくなる訳です。
よって、当然短い距離で止める事が出来ますね。


それでは、次に具体的なブレーキの踏み方について図を使って書いてみましょうか。

図3 普通のブレーキの踏み方

図3は、良く見る物ですね。
まあ正確には、短く止めるブレーキングを考える(後編)に書いた様にブレーキロック限界は速度とともに徐々に下がるのですが、ここでは分かりやすくするためにロック限界は同じ とします。


これに対して、2段ブレーキは以下の図4の様なイメージで踏みます。

図4 2段ブレーキの踏み方

図4は分かりやすく書いてありますが、実際には前荷重を作るブレーキは非常に短時間です。
感覚的には、0.1〜0.2秒くらいかな?

当然あまり緩いブレーキを長く踏んでると、単に止まらないか、タイムロスになるだけです。
普通の蹴飛ばすブレーキが、「ガツン」だとすると、「ガ、ガツン」と言った感じですかね(笑)。
また本番のブレーキは、前荷重を作るブレーキを踏んでから一度ペダルを戻して踏むのではなく、そのまま踏み足す様に踏みます。
ここで重要な事が、前荷重を作るブレーキは軽く踏みますが、本番のブレーキは「親のカタキー!」って言う程に(笑)強く踏むように意識する事ですね。
初期に弱めに踏むと、どうしても本番のブレーキングも弱くなりがちになるので、意識して強く踏む事がコツです。

また、 2段ブレーキがしっかりと出来るようになると、ABSの効き方も変わってきます。
ABSは前後輪の回転差を見ていると前に書きましたね?
よって当然蹴飛ばす様なブレーキでは、前輪がロックする時の後輪との回転差が大きくなるので、ABSが「ガガガガガー」と言った感じで、連続的に介入すると思います。 正に全く止まらずに、前輪が滑っている感じですね。

それが、2段ブレーキが出来るようになると、「ガッガッガッ」と言った感じでABSが断続的に介入する感じになると思います。
当然制動Gも、強くなります。
ABSがこのように介入するのは、前輪がロックスレスレの時の、前後輪の回転差が少なくなるためでしょう。

そもそもABSと言うのは、短く止めるための装置ではなく、単にロックさせないための装置です。
最近のスポーツABS等は良く出来ていますが、それでもABSはタイヤがロックした時に、現在車がどれくらいのスピードで走っているのかを知るすべ が有りません
よって、ABSを効かせっぱなしのブレーキングは最適解ではないはずですし、実際に運転してみてもそうです。
また何よりも、2段ブレーキでは、「ABSが介入するまでの制動力」が抜群に上がります。

最適な制動力を出すためには、市販車のブレーキチューニングについて考える(後編)に書いた様にブレーキバランサーを付けたり、はたまたパッドで調整したりして、 セッティングで前輪と後輪のブレーキの効きを調整するのが王道でしょう。
しかし、この様に運転技術でもある程度は(と言うか、車によってはかなり)変える事が出来ます。
また、前後のブレーキバランスをあまりピンポイントで調整しようとすると、リアが先にロックしてスピン挙動が出たり、ABSが誤作動したりする可能性が有るので、やはり確実に前輪が先にロックする設定が良いでしょう。
(市販車がやっている事は正にこれで、当然意味が有るからやっているのでしょう)

さて、 ここで鋭い人は気付いたと思いますが、市販車のブレーキチューニングについて考える(前編)の項に書いた通り、車高を下げたり足廻りを固めて行ったりすると、より一層前輪が先にロックするようになるので、この2段ブレーキは非常に有効です。
そしてまた、ウェット路面などの滑りやすい道、低ミュー路では、フルノーマル車でも特に強力な武器になるでしょう。
どうしてそうなるかは、今までの項を見てゆっくり考えてみて下さい(笑)。


さて、今回書いた2段ブレーキの話はいかがでしたか? たかがブレーキの踏み方一つとっても、非常に奥が深いですね。
マスター出来れば、きっと今までとは違った、一回り上の強烈な制動力を出せるでしょう。


最後に参考までに、私の運転の2段ブレーキを、簡単なデータロガーで記録した物を載せておきます。

図5 データロガーで見る2段ブレーキ

図5は、横軸が時間、赤線が縦G、黄色線が横Gです。
水色の四角の中の赤線が、ちょうど2段ブレーキを使っている場所です。 結構綺麗に、図4のイメージ通りになっていますね??
今では殆ど無意識でやっていますが、データロガーで初めて自分の2段ブレーキを確認しました(笑)。


以上、今回は、短く止めるブレーキングの一つのテクニックでした。
 

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