グリップの向こう側 (理論編)


さて、それでは具体的に第3の曲げる力、トラクションステアについて考えてみましょう。
タイヤのグリップを超えたグリップ力を出す(必読)に、以下の様な話を書きましたね。

図1 ホイールスピンをして縦方向に引っ張る例

図1のようにタイヤをホイールスピンさせる事により、タイヤの最大摩擦力、つまり最大グリップを超えたグリップ力を出すことができる事になる、と。

つまり 第3の曲げる力とは、タイヤをエンジンの力でホイールスピンさせる事によって、静止時のタイヤのグリップよりも大きい、遠心力に対抗する力を出してやろうと言う物です。

ただ図1を見て、ここで、大きな問題が思い浮かぶと思います。
それは、「車のタイヤは進行方向を向いているのに、どうやってタイヤの縦のグリップを遠心力に対抗する力、つまり曲げる力として出してやるのか?」と言う事です 。
当然普通は、コーナリング時に遠心力に対抗する力はタイヤの横方向のグリップを使う事になります。
いわゆる、CP(コーナリングパワー)を使って曲げるのが普通の車ですから。

でも、もし単に縦グリップを使って、遠心力に対抗する力を出すことだけを考えてみると、これは簡単ですねぇ。
下図の様に車の向きを作れば良いだけです。

図2 車の姿勢1

よって4輪駆動の場合には、図2の様に車の向きを作ればOKです。
そうすれば、タイヤを縦に最適な量(タイヤは滑らせた方がグリップするより、20%位)をホイールスピンさせれば、4輪とも全て、その力を遠心力に対抗する力として使えますねぇ。

しかし、こんなに進行方向に対して真横を向けてしまうと、当然進行方向に進める事が難しくなります。
タイヤを4輪とも真横に滑らせないと進みませんからねぇ。
この場合、 少なくともエンジンの駆動力で前に進める事は不可能です。
だって駆動力は100%遠心力に対抗する力として、使っちゃっていますからね。

もしも進行方向に進めるとしたら、前に書いた車の「慣性」の力で、ですね。
まあそれが出来るようになってくると、今度はスピードを保つためにはタイヤの横グリップが邪魔で、縦グリップだけ欲しくなってきたりするんですが…。
まあその話は後で書くとして、今回の前輪が駆動している車、特にFF車のコーナリングを考えると、こんなに車体を真横に向けない、もっといいアイディアが浮かぶと思います。
だって、駆動しているのは前輪だけなんですから、駆動輪をコーナーの中心方向に向けるには、ハンドルを切れば良いだけですよね?

図2のように、車は真横を向いていなくても、ハンドルを切ってやれば駆動輪である前輪は、真横近くに向けられますから。
エンジン搭載位置別の、最大グリップの出し方も考慮すると、FF車の姿勢は下図の様なイメージですかね。

図3 車の姿勢2

図3では、駆動輪は完全には中心方向に向いていません。 斜め前です。
つまりこの力のベクトルを進行方向と、遠心力に対抗する方向に分けると、進行方向と中心方向の両方に力を掛けられる事が分ると思います。
そうすれば、タイヤを最適な量ホイールスピンさせたときに、前輪の縦グリップを遠心力に対抗する力として使えますね。
つまり、ハンドルを切ることで、進行方向と遠心力に対抗する方向の両方に駆動輪の力が掛かっている事になります。

とても簡単に言うと、第3の曲げる力、トラクションステアの正体とはこれだけです。
よって、前輪が駆動している車には、全てトラクションステアが存在する事がわかると思います。

余談ですが、トラクションステア効果を考えると、車体のフロント部が重い事が必ずしもネガにならない事が分かると思います。
アクセルオン時にフロントタイヤに大きい荷重が掛かった方が、強いトラクションステア効果が得られそうですからねぇ。
ちなみに、またR35GT-Rの話ですが、開発者はあのコーナリング性能を出すためには、あの重たい車重が必要だと言っていました。 私は、もっと詳しく言えばその重量とは、「フロントの重量」だと思っています。
トラクションステアを武器にするGT-Rにとって、フロントタイヤが空転してしまう程フロントが軽いと、トラクションステア効果があまり得られないのではないか?と考えています。 恐らく、従来のCPだけで曲げる車とは、色んな常識が異なるのでしょう。

従来ながらの手法で低ヨーにするために、ミッドシップエンジンにした世界の4駆マシンをあざ笑うかのように、前が重いフロントエンジンのレイアウトでとんでもないコーナリング性能を出しているのは、大きなフロント荷重から繰り出すトラクションステアの威力のため ではないか?と思っています。
それでもまあ車重の重さがプラスに働くのは、タイヤが熱ダレするまでの間でしょうが…。


さて、話を戻します。
ここまでの説明を読んで、「もしもハンドルを切っただけでトラクションステア効果が得られるなら、従来の様に普通に運転をしていても効果が得られるのではないか?」と考えると思います。
それは、全くごもっともです。
しかし実際に、練習に勧めたような普通のFF車を運転していても、トラクションステアの効果は感じないですよね?
でも普通の車は、始めからトラクションステアで曲げるような発想で作られていないので、これは当たり前の事です。
そこで普通の車で、隠れたトラクションステア効果をいかにして出してやるか、がキーとなります。

ただしその為には、従来のCPだけで曲げようという考えをかなり変えないと、このトラクションステアの効果を引き出す事は不可能です。
もちろんトラクションステア効果を出す為には、それを引き出すための技術が必要です。
今までやってきた練習は、殆どがこれを引き出すための物です。


さて、それではどうやったら普通のFF車でトラクションステア効果が得られるのか、考えてみましょう。

まず、図3を見て、駆動輪である前輪について考えてみましょう。
コーナーに入ると、車には遠心力が働きますね?
この遠心力は、後輪にはタイヤを横方向に滑らせようとする力が働きます。
そして、前輪は円の中心方向に向いているので、遠心力は前輪を逆回転させようとする力として働きますね。
ギアが入っていてクラッチが繋がっていれば、ミッションの構造上エンストはしても前輪が逆回転する事はまず有りませんが、もしクラッチを切ってしまうと、実際に逆回転する可能性が有るでしょう。

逆回転してしまうと当然、遠心力に対抗できなくなるので、ここでエンジンの駆動力を使って逆回転しないように前のタイヤを回してやる必要がある訳です。
この時に、前輪を停止してやれば良いと思うかもしれませんが、例えばフロントタイヤをロックさせても大きな遠心力に対抗する力は得られません。
これは、タイヤのグリップを超えたグリップ力を出すに書いた通りです。
ここは、タイヤを一番大きな遠心力に対抗する力を出せる程度に、縦に空転、つまりホイールスピンさせる必要がある訳ですね。

これはとっても簡単な例で言うと、ゴルフボールをグリーンに打つときに、プロは良くバックスピンをかけますよね??
そうすると、ピタッとボールが止まりますが、タイヤを遠心力と逆方向にスピンさせるのは、それと似たような原理だと思っておいてください。

ただホイールスピンさせてしまうと、摩擦円を物理するより、タイヤの横グリップが小さくなって横に滑る事になります。
しかし従来のCPを使った運転と違い、トラクションステア効果を使う運転では、タイヤの縦グリップでヨーを作り、また遠心力に対抗する力を出すので、それで良い訳です。
ここが、従来の運転とは一番違う所かもしれません。

今までに 何度も書いたフレーズ、

「車の性能を出す」ということは、外界と車とを唯一、物理的に繋げている「タイヤ」の性能と、唯一の原動機である「エンジン」の性能をいかに出すかということで、それ以上でも以下でもありません。

は、エンジンとタイヤの性能を別々に出すということではなく、それらを融合して新しい効果を出す事も有り、トラクションステアはその一つです。
グリップが低過ぎても、エンジンパワーが低過ぎても、トラクションステア効果は得られません。
例えばエンジンは、前輪をホイールスピンさせられるだけのパワーが必要な訳ですから。
始めに練習に勧めた車で、始めは少しパワーが有る車の方が楽だと書いたのは、このホイールスピンをさせる力が大きいからです。


ちょと長くなりましたね。
それでは、どうやったら普通のFF車でトラクションステア効果が得られるのかを書いて行きましょう。

続く…。

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