ブレーキを離すと、すぐに荷重が抜けるのか?



さて、本サイトの中でもオリジナリティーが高い人気記事として、本気で速くなりたい人への中の“荷重曲げ”について書いたものがあります。
具体的な操作については、大きな摩擦円を逃すな、という部分ですね。

それにしても、これって気づいたらもう10年前に書いた記事なんですねえ。 いやはや、時の流れが……。
そして“荷重曲げ”の重要さについては、動画でも言っているし、その後にも詳しく書かれていると思います。
これについては運転操作の話なので、自動車工学の本などにも書かれていませんよね。
(私がこれを発見した経緯についても動画で詳しく言っているのでここでは省略しますね)
 
ちなみに頂いたアンケートによると、荷重曲げが出来るようになった方も、更にその先の荷重曲げでスピンさせたり、トラクションステア効果を出すところまで出来るようになった方も結構いらっしゃるようです。
私自身、助手席に乗って本当に荷重曲げが出来ている人は2人程度しか見たことがありませんので(その中でも完全なアマチュアは1人だけ)、これはかなり難しいテクニックだと思っているのですが、読者の方でマスターできた方がいるのは嬉しいことです。
 
ですが10年が経過した今になっても上記の、「大きな摩擦円なんて存在しない」。 よって「荷重曲げなんてものは存在しない」と思っている人が結構いるみたいです。
これはアンケートでも頂いたことがあるし、知恵袋サイトなんかにも書いてありますね。
しかもその知恵袋サイトは、Googleで“自動車を物理する”で検索すると、一時期は一番上だったりして、つまり本サイトよりも上に出てたりしました(笑)。

まあ本サイトをずっと読んできた方なら大丈夫だと思いますが、10年前に書いたこのお話について少し触れておこうと思います。
ここは皆さんの興味がとても高いお話のようなので、後にまた、少し時間をとって定量的に説明していこうと考えています。
 
今回は特に「大きな摩擦円なんて存在しない」と言っている代表として、知恵袋サイトのベストアンサーに選ばれた人の説明をたたき台にしてみましょうか。 まあ普段はこのレベルの人は相手にしないところですが、検索で一番上に出ていたので今回は特別ということで。
このスレッドの質問者は免許を持っていない子供らしいですが、一言で言えばブレーキを離した時に現れるとしている「大きな摩擦円は本当に存在するのか?」という質問ですね。
それについて、ベストアンサーでは、「大きな摩擦円なんて幻想であって、存在しない」だそうです。
ついでに「大きな摩擦円がある」と言っている私をディスりまくってもいますね(笑)。
 
さて、「大きな摩擦円なんて存在しない」と言う人たちの理屈は皆んな同じようですね。 内容は概ね以下の通り。
ブレーキを踏むと減速Gが発生し、それによってピッチングモーメントが起きてフロントサスペンションが縮む(ノーズダイブというやつですね)。
そのピッチングモーメントがバネを通してタイヤを路面に強く押し付け、フロントタイヤに掛かる荷重が増える。
つまり、前輪に荷重が移動するわけですね。
 
ところがブレーキを離すとその瞬間にピッチングモーメントが消えるので、フロントタイヤに掛かる荷重は、瞬時に静止状態と同じ荷重に戻る。 というものです。 よってブレーキを離した瞬間に摩擦円は小さくなるので、大きな摩擦円は存在しないと。
(そのため、ブレーキは少しであっても必ず残さないと前荷重が作れないという説明に続くことが多い)

私の経験上、なんというか、中途半端に自動車工学をカジっている人がこの様なことを言っている気がしますかねえ。
ちなみに自動車工学というのは、内燃機や触媒の化学反応などの一部を除いたほぼ全てが、物理学のごく一部(古典力学の中の一部)を利用しているということを忘れないでくださいね。
つまりいくら式を暗記しても、物理的思考ができなければ役に立たないどころか、知識が邪魔をすることさえあるのですよ。

ですが今回の「大きな摩擦円」については、高校で習う古典物理さえ必要ありません。 小学生でも理解できることなのですよ。
以下のたった2つの法則を知っていれば、ブレーキを離した瞬間に「自由に使える大きな摩擦円」が出現することが分かるはずです。
 
1,バネは、縮んだ量に応じた力で伸びようとする。
2,バネが押す力は、両端で同じである。
 
ええ、たったこれだけです。
これらはきっと小学生でも知っていることだし、ホームセンターやおもちゃ屋で小さなバネを買ってきて、手で縮める実験をしても容易に分かることでしょう。
ノーブダイブや、スクォートや、モーメントなどの小難しい用語は一切必要ありません。 ピッチングの数式も必要ありません。
むしろ専門用語は説明を煙に巻くために使う人がいるので邪魔でしょう。
 
については、高校物理では「縮んだ量に応じた力」を「縮んだ量に比例した力」と表現しますね。 そして比例の数式は有名な、
 
F = -k x …但しkはばね定数、xは縮んだ量。

と表すわけです。
比例という言葉は、1次比例と言ったり、線形と言うこともあります。
(“非線形バネ”という言葉を聞いたことがある方もいるかも知れませんが、それは例えば縮んだ量の2乗に比例するバネなどがこれに当たりますね。 車のサスペンション用の非線形バネも存在するため、ここでは「縮んだ量に比例した」ではなく、「縮んだ量に応じた」と表現しています)
でも式なんて知らなくても、バネは縮めれば縮めるほど大きな力で反発してくることは誰でも知っているでしょう。
 
については、作用反作用の法則を持ち出すまでもなく、自明であると言っても良いでしょう。 それにとても簡単に実験できますよね。
例えば右手と左手にバネを挟んで縮めたときに、左右でバネが押し返す力が異なると思っている人はいますか??(笑) 
もしそんな事が起きれば、運動量保存則をはじめ、物理法則がメチャクチャになってしまいます。
当然、バネが押し返す力は両端で同じです。
 
さて、ここまでで、なにか難しいところがありましたか? 大袈裟でなく、子供でも納得するお話でしょう。
 
ではこれを自動車のケースに当てはめてみましょう。
まずブレーキを踏むと、荷重が前に移動してフロントサスペンションのバネが縮みます。
(このフロントのバネを縮める力が何によるものなのかは、この際関係ないため触れません)
ここまではすべての人が同意できているようですね。 ではそこでクラッチを切ってブレーキをポンっと離したらどうなりますか?
確かに減速Gは瞬時に消えるでしょう。 でも縮んだバネはそのまま残りますよね?

そしてフロントサスペンションのバネは縮みっぱなしではなく、ちゃんと元の長さに戻ることも同意が得られるでしょう。
つまり前のめりになった重たいボディーを元の位置に戻すわけだから、実際にバネのボディー側(ストラット側)は縮んだ量に応じて、静止時よりも大きな力で上に押していることがわかりますよね? 
ブレーキを踏んでいようがいなかろうが関係なく、バネは単純に縮んだ量に応じた力を出すだけなのです。
 
ではバネのタイヤ側についてはどうでしょう? に書いたように当然、バネの押す力は両端で同じなので、同様にバネが縮んだ量に応じた力でタイヤを路面に押し付けているわけです。 力の大きさはボディー側(ストラット側)を押す力と全く同じです。
ブレーキを離してタイヤの制動方向の力が消えた後に残る、この路面を押し付ける大きな力が加わったタイヤの状態のことを、私は「自由に使える大きな摩擦円」と呼んでいるだけなのですよ。
 
以上、説明終わり、です。
知恵袋サイトの質問者に私が答えるとしたら、これで終了です。 とてもシンプルですよね?

 
特にベストアンサー回答者は、知識はあるのかもしれませんが、物理的思考力がないためにこの小学生でも分かる基礎的なことを間違えるというワナに陥っている典型例でしょう。 だって要するにこの人は、バネをいくら縮めても押し返す力は変わらないと言っているのですからねえ。(或いは、ブレーキを離した時にバネの押す力が両端で違うと言っているのかもですが……。)
まあ、長年の本サイトの読者の方なら、秒で間違いを指摘していると信じています……(笑)。

この質問に答えるのに、モーメントも重心移動も数式も必要ありません。 ただ縮んだバネは強い力で伸びようとする事実だけで説明できます。
(更に加えるならば、この回答者はなぜ“エンジンブレーキ”という重心移動なんかよりも大きなファクターを計算に入れないのかも不思議です。上記は単純化のためにブレーキリリースとともにクラッチを切ることにしていますが、普通は切りませんよね? オートマ車だと不可能だし……。 つまりブレーキを離してもエンジンブレーキによる減速Gとそれによる荷重移動が必ず残ります。 動画で詳しく言っているように、エンジンブレーキは特に駆動方式によっては摩擦円を考慮する上でとても重要な要素になりますが、それについてはまた改めてゆっくり書く予定です)
 
さて、こういう説明を反面教師として、体系的に学ぶことの大切さに書いたことがいかに重要かが、皆さんにもわかっていただけると思います。
いくら知識の断片を暗記しても、物理的な思考ができなければ結局その道具(知識)は使えません。

それに、そもそも「自分の理解と違う理論は、すべて間違っている」というスタンスは、その場所で成長を止めてしまいます。
例えばブレーキをずっと残していないと前輪に荷重がかからないと思っていると、永久に欧州スタイルの矩形波運転には行き着きませんからね。
 

さて、このレベルの話はこれくらいにしておいて、本来議論すべきは大きな摩擦円が現れている時間は何秒ほどなのか、その大きさや時間を調整するには車高やダンパーの減衰力をどうしたら良いのか、を定量的に知ることでしょう。
そしてそれらを知った上で最適なセッティングや舵の入れ方を考えることが、本来の議論の対象になるはずです。
今回の説明は、シンプルさを優先して実質的に物理学なんて使っていませんから、定性的すぎましたしね。

実は、実在するDC2型のインテグラや現行フィットをモデルにしたピッチングの運動方程式は既に作ってあって、具体的な荷重の値やそれが掛かる時間も計算してあるので、今後ゆっくりとその話に入っていこうと思っています。
実際に計算をしてみると、メーカー純正のセッティングがいかに絶妙かや、二段ブレーキ三段ブレーキの有効性が視覚的に分かると思いますよ。

(ボチボチ忙しくなりそうなんで、更新頻度は長い目で見てくださいね(笑))
 

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